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戦争になると興奮状態に陥り正常な判断ができなくなる理由は

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 人は戦争になると、なぜ、興奮状態に陥り、正常な判断ができなくなるのか。平時では考えられぬが、ごく普通の人々が殺人行為にまで及んでしまう。戦闘時における特殊な心理・生理状態を宗教哲学者の星川啓慈・大正大学教授が解説する。

 * * *
 戦闘状態におかれた人間がどうなるかについて、「脳」と「訓練」という観点から、考えてみたい。

 ディ=ベッカー(※注1)によれば、人間の脳には、生存のための「野生脳」と、理性的・論理的な思索のための「論理脳」とがある。論理脳をありがたがる人は多いが、反応が遅く、危機的な状況に陥ると、これはあまり役に立たない。

 善悪の判断にこだわるし、限界や規則を設けてそれに従いたがる。だが、野生脳は何ものにも従わず、何ものも考慮せず、必要とあればどんなことでもする。感情にも礼儀にも縛られない。野生脳の働きは非論理的に見えるかもしれないが、極限状況に適応するという点では、まったく論理的である。

 例えば、負傷した時のために、「コルチゾール」という血液の凝固速度をあげる物質の分泌量を増加させる。この野生脳が殺人のための訓練と結びつくと、どうなるだろうか。

 クレフェルト(※注2)は「戦争の歴史は訓練法の歴史と言ってよいほどだ」と述べるが、軍隊での訓練は、自分と同種である人間(敵)を殺すことへの本能的な抵抗感を克服するために発達してきた。

 グロスマン(※注3)によれば、「死にたくない」という生存本能も訓練によって克服される。だが、恐るべきは、殺人に対する抵抗感、つまり「生命は尊い」という人間的な感情や、いざという瞬間の自責や同情の念も、訓練によって克服し、抑え込むことができるという事実である。

 野生脳が最大限に活動し、訓練によって武器の使い方を習得しかつ殺人に対する抵抗がなくなったとき、人間はどのように行動するだろうか。これは、想像に難くない。だが、すべての人間がそうなるとは思えないし、戦闘が長期化すると兵士も変わってくるだろう。

 第一次世界大戦の塹壕戦が長引き、一瞬で手足を吹き飛ばされる砲撃や、その轟音・振動の恐怖にさらされ続けた結果、「シェルショック」(PTSD)に陥る兵士が続出した(彼らの復員後の症状はインターネットで簡単に見ることができる)。

 また、第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦では、継続的な戦闘状態が60昼夜続くと、兵士の98%が精神的戦闘犠牲者になることも分かったし、スターリングラードの激戦に参加したソ連軍の復員兵士の多くは、40歳前後で亡くなっているそうだ。

 こうした事実は、激戦という極限状態が人間に与える精神的悪影響を如実に物語っている。野生脳が最大限に活動し、訓練によって「殺人機械」と化したとしても、その状態が長期化すれば、人間は、ごく一部の例外を除いて、精神的に耐えられなくなるに違いない。

 現代に生きる人々のほとんどは「正戦論」の立場正義や平和を護るためにやむを得ない場合にのみ武力行使を容認するという立場に立つだろう。それゆえ、当分は戦争・紛争・武力衝突はなくなりそうにない。

 だが、野生脳が最大限に活動し、戦闘訓練を積んだ人々が闘わざるを得ないのは、その人たちの責任でない場合が多い。ほとんどの人は、平時は望んでいないのに、いったん戦争が始まると、否応なく闘わざるを得なくなる。これこそ、人類史上最大の悲劇であろう。

※注1/アメリカの暴力防止専門家。『暴力から逃れるための15章』(新潮社)など。

※注2/イスラエルの歴史学者、軍事学者。『戦争文化論(上・下)』(原書房)など。

※注3/元米陸軍中佐。『戦争における「人殺し」の心理学』(ちくま学芸文庫)、『「戦争」の心理学』(共著、二見書房)など。

※SAPIO2015年4月号


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