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長嶋茂雄が引退セレモニーのスピーチで1つだけついた嘘とは

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 1974年、読売巨人軍の連続日本一V10がかなわないと決まった直後、長嶋茂雄が引退を発表した。数多くの巨人戦をラジオで実況し、自宅での練習に毎晩のように付き合っていた元ニッポン放送アナウンサーの深澤弘氏が、長嶋本人から引退の意志を告げられた時のことを語った。

 * * *
 あれは9月の試合のない月曜日でした。長嶋さんに呼ばれて自宅に行くと、「オレはまだやろうと思えばやれると思うが、今年で引退する」と切り出して、悔しそうにこう続けたんです。

「野沢のオヤジ(注・川上哲治監督のこと)も(自分が引退したら)次(の監督)は長嶋だと考えてる。球団もマスコミもそう思ってる。オレだけが、もう1年やりたいといったらガキだよな。だけどオレの体はまだ、この通り(できるん)だ」

 僕は10月14日の引退セレモニー中継で、「長嶋さんは1つだけ嘘をついている」とバラしてしまいました。それはスピーチに「体力の限界を知るにいたり……」という言葉があったので、思わず出た言葉だった。長嶋さんが心残りだったことを知っていたからですね。

「野沢のオヤジ」の考えはよくわかっていたと思います。こういっては何ですが、ON(王貞治・長嶋茂雄)と川上さんの関係はそれほど良くなかった。会話らしい会話はなかったし、特に長嶋さんは「川上さん」と呼んだことはなく、いつも「野沢のオヤジ」でした。

 原因は諸説あるようですが、どうも川上さんが長嶋さんに、時折嫌味っぽいことをいっていたからだと聞いています。六大学のヒーローだった長嶋さんに対し、川上さんは高卒。それがコンプレックスになっていたという説が有力で、だから王さん以上に当たりが強かったみたいです。

※週刊ポスト2015年4月3日号


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