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残業代ゼロ社会に向かう政府 年収300万円でもカット対象に

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 いわゆる“残業代ゼロ”の制度設計を検討してきた厚生労働省の審議会が「法律案要綱」を厚生労働大臣に答申した(3月2日)。法案は今国会に提出され、成立すれば2016年4月に施行される。

 どうせ年収が高くて専門職の人たちが対象でしょ?――。サラリーマンの間からはこんな声も聞こえてくるが、「自分には関係ないと思ったら大間違い」と警告するのは、3月18日に著書『2016年残業代がゼロになる 政府・財界が進める「正社員消滅計画」のすべて』(光文社)を発売する人事ジャーナリストの溝上憲文氏だ。

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 政府が「高度プロフェッショナル制度」と呼ぶこの制度は、管理職以外の一定のホワイトカラーのサラリーマンを労働時間規制の適用除外にするもの。つまり、時間外、深夜・休日の残業代を一切支払わなくてもよいとする制度で、どこから見ても経営者が得をして、サラリーマンが損をする仕組みだ。

 最大の関心は誰が対象になるかである。具体的な対象者は「法律案要綱のポイント」(厚労省)では「高度の専門的知識等を必要とし、職務の範囲が明確で一定の年収要件(少なくとも1000万円以上)を満たす労働者」となっている。つまり、年収要件と業務・職種要件の2つがある。

 年収は「平均給与額の3倍を相当程度上回る」ことが法律に書き込まれ、具体的金額は法律より格下の省令で「1075万円以上」にする予定になっている。

 最もわかりにくいのは業務要件の「高度の専門的知識等を要する業務」だ。具体的な業務はこれまた省令で決めることになっている。審議会の報告書では例示として、金融商品開発、ディーリング、アナリストの業務を挙げているが、金融に限らず、あらゆる業界・企業には専門的知識が必要な業務はたくさんある。

 特定の業務に絞り込むことは難しいが、たとえ限定しても、法改正することなく政府の意向で随時変更できる「省令」で追加していけばよいだけの話だ。

 そうなると最大の要件は年収1000万円以上だ。これに関して厚労省の幹部は「最終的な基準は年収要件が歯止めになる」と言っている。

 じつは大手企業の45歳以上の中高年非管理職の中には年収1000万円以上もらっている人も珍しくない。特に管理職ポストが少なくなる中で、高年収の非管理職が増えている。部下なしのいわゆる「名ばかり管理職」も多いが、厳密には残業代を支払わなくてはいけない人たちが増えているのだ。

 政府系シンクタンクの主任研究員は、「経済界の当面の狙いは大手企業の中高年社員。たいして成果も出せないのに給与も高く、残業代まで支払うのはおかしい、と怒っている経営者も少なくない。しかも名ばかり管理職だった人が退職後、未払い残業代の支払いを求める訴訟も増えている」と指摘する。

 もちろん最終的な狙いはそれにとどまらない。制度の導入を長年主張し続けてきた経団連の榊原定征会長は「全労働者の10%程度を対象にしてほしい」と記者会見で広言している。10%といえば500万人に相当する。2005年に出した経団連の提言ではもともと対象者を「400万円以上」にするように要望していた経緯もある。

 だが、その提言を踏まえた法案は第一次安倍政権下で世論の総反発を受けて廃案になった。もちろん、政府・経済界も同じ轍は踏みたくないだろう。年収要件が「1000万円以上」に落ち着いたのは、とりあえず制度を導入し“小さく産んで大きく育てる”(年収要件のひき下げ)ことを狙っているのは間違いない。

 しかも政権与党が圧倒的多数を誇る国会での法改正は容易だ。ちなみに法律に明記される「平均給与額の3倍」は厚労省が使う指標で計算すると936万円。法改正で「3倍」の数字を「2」に変えるだけで624万円になる。中所得層のサラリーマンのほとんどが対象になる。

 ここまで読んだ若いサラリーマンは「1000万円もないから当面は安心だ」と思うかもしれない。しかし、それは大間違いだ。今回の法案にはもう一つの「残業代ゼロ」の隠し球も隠されている。

「企画業務型裁量労働制」の拡大だ。この制度は1日の労働時間を9時間に設定すれば、8時間を超える1時間分の手当は出るが、9時間を超えて働いても残業代が出ない仕組みだ(ただし、深夜・休日労働は割増賃金を支払う)。

 知らない人も多いかもしれない。なぜなら実際に導入している企業は0.8%にすぎない。簡単に言えば、ブラック企業で問題になっている基本給に残業代を組み込む「固定(定額)残業代制」を法律で制度化したものといえばわかりやすいだろう。

 導入企業が少ないのは、対象業務が「企画・立案・調査・分析」業務に限られている上に、労基署への報告義務など手続きが煩雑であるからだ。それを今回の改正では手続きを緩和し、さらに対象業務を増やしたのだ。追加業務は法律案要綱では以下の2つだ。

(1)課題解決型提案営業
(2)事業の運営に関する事項について企画、立案調査および分析を行い、その成果を活用して裁量的にPDCA(生産・品質管理を円滑に進める手法)を回す業務

 課題解決型提案営業とは「ソリューション営業」のこと。お客のニーズを聞いてそれにふさわしい商品やサービスを販売する営業職のことだ。今はどんな企業でもソリューション営業をしなければ物が売れない時代だ。言ってみれば、店頭販売や飛び込み販売、ルートセールス以外の営業はほとんどが対象になることになる。

(2)は抽象的でわかりにくいが営業以外の事務系業務のことだ。審議会の報告書では「個別の製造業務や備品等の物品購入業務、庶務経理業務」は対象にならないとしている。一般にいうブルーカラーや定型業務は入らないということたが、それ以外の業務はほとんど入る可能性もある。

 今どき、PDCAを回さなくてよい仕事は少ない。とくにプロジェクト業務に携わる人は企画・立案・調査・分析をしなければ仕事も始まらない。

 大手企業では入社5年目ぐらいでプロジェクトのリーダーを任せられる人も少なくない。ベンチャーや中小企業では入社2~3年目から担当させられても不思議ではない。しかもこちらは先の「高度プロフェッショナル制度」の対象者と違って年収要件はついていない。そうなると、企画業務型裁量労働制の対象者は営業職を含めて大幅に増えることは間違いない。

 ちなみに独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査(2014年6月)によると、現在の企画業務型裁量労働制の適用対象者の年収は700万~900万円未満が34.4%、500万~700万円未満が29.2%、300~500万円未満が13.3%となっている。今回の適用者の拡大で当然ながら年収300万円程度の年収の人の多くも対象となるだろう。

 ここまで見てくると、政府・経済界のシナリオが透けて見えてくる。

 高度プロフェッショナル制度の適用によって中高年の高額年収者の残業を剥ぎ取り、1000万円以下の社員については裁量労働制の導入によって残業代を削減していく(裁量労働手当や深夜・休日労働の割増賃金は残るから)。

 そして時期を見て、第二弾は法改正によって年収要件を引き下げ、一切の残業代支払いをなくしていく。つまり「残業代ゼロ」社会の実現だ。


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