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織本順吉 西村晃、金子信雄らと劇団青俳を旗揚げした若き時代

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 舞台で役者としてキャリアをスタートした織本順吉は1955年公開の『美わしき歳月』で映画デビュー、それから半世紀以上にわたり舞台、映画、ドラマなど多方面で活躍を続けている。映画デビューより前に仲間と劇団青俳をたちあげたころについて語った言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづる連載『役者は言葉でてきている』からお届けする。

 * * *
 織本順吉は今年で88歳。テレビや映画などの第一線で活躍する現役役者としては最高齢である。俳優の道へ本格的に進んだのは1949年のこと。当時勤めていた会社を解雇され、作家の村山知義の主宰する新協劇団に所属した。その後、劇団の同僚だった岡田英次、西村晃、それに木村功、金子信雄らと新たに劇団青俳を旗揚げしている。

「新協劇団には5年くらいいました。ちょうどその時にスタニスラフスキーの演技論の本が出版されたんです。『演技でも日常の生活と同じようなことをやれ』ということが書いてあって、今までやってきた演劇とは違うな、と思いました。

 当時は舞台俳優も映画に出演するようになっていました。映画だと、シェイクスピアやギリシア劇の方法論を持ち込んでも成り立ちません。非常にリアルな芝居をするしかない。それで、みんな『演技は写実的にやるもんなんだ』という風に意識が変わっていきました。そういう俳優が劇団に戻って、舞台もリアルになってきていたんです。

 ところが、村山さんはスタニスラフスキーをあまり認めていなかった。西村や岡田と『困ったな』と言っている時に、俳優座の木村功や文学座の金子信雄、高原駿雄と夜な夜な集まって、『青年俳優クラブ』というのを作って、一杯飲んでいたんです。

 それで『俺たちで劇団を作ろう』ということになり、今言ったメンバーを発起人に、劇団青俳を立ち上げました」

 先に挙げたように、青俳の役者たちは後に映画演劇界に多大な影響を与える名優が揃う。

「木村功は一見すると演技の質が論理的に見えるけど、実はそうじゃない。論理で組み立てるんじゃなくて、感性が鋭い人だった。対して岡田英次は理論派でね。どちらかというと理論が先に行っちゃうから、木村がよく『お前、そういう考え方があるなら、それをちゃんとやれよ』と、からかっていました。

 西村はナルシストです。立派な、いい顔していますからね。その自分の顔に、惚れているんです。『おい、俺はいい顔してるだろう』とか言ってきて、ウットリしていました。

 ネコさん(金子信雄)は一番役者的な資質を持っている人でした。人とすぐ喧嘩するしね。飲み屋の調理場に入って出刃包丁を持ち出すようなこともありました。でも、普段は非常に優しい人で。『仁義なき戦い 完結篇』でご一緒した時は、深作欣二監督にダメを出されると『あまり深く考えるなよ』と言われました。

『監督は、そんなに深刻なことを言っているわけじゃないんだから。それなのにお前が黙って考え込んでいると、監督が逆に気にするだろ。何か気に食わないことでも言ったのかな、って。だから、あまり気にするなよ』というサジェスチョンを冗談っぽく言ってくれるんですよ。それで、言った後で『俺が言ったことなんて信用するなよ』とか。

 そういう、それぞれが個性のある俳優たちでしたから、みんな映画会社とかに引っ張られていくわけです。それでみんな忙しくなって、抜けていきました」

●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。本連載に大幅加筆した新刊『役者は一日にしてならず』(小学館刊)と『時代劇は死なず! 完全版』(河出文庫)の発売を記念して能村庸一氏(ドラマ『鬼平犯科帳』などのプロデューサー)と春日氏のトーク&サイン会を開催。3月11日(水)19時~、紀伊國屋書店新宿本店にて。入場料700円。

※週刊ポスト2015年3月20日号


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