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悩みを抱えた人々の再生の物語〜乾ルカ『森に願いを』

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 たとえ他力本願だとわかっていても、何か見えない力にすがりたいときがある。たいていのことは努力をしないと叶わないけれど、努力をしても叶わないこともあるからだ。小学校で社会主義について習ったとき、「まあ、努力すれば必ず報われるってものでもないからこういう仕組みになったんだな」と思ったことを覚えている(小学生の頃の方が冴えてたかも)。

 本書には7つの短編が収められている。すべて、町中にあるけっこうな広さの森が舞台の物語だ。各短編の主人公たちはみな、病気や登校拒否やパワハラといった状況の中で疲弊し、何かに引き寄せられるように森へやって来る。そこで彼らを待っていたのは森番の青年だった…。今年4回り目の年女である身としてはいずれの話も身につまされる内容であるが、息子が学校でいじめに遭い引きこもりとなってしまった母親の話(「色づく木 ─鏡の森」)と会社でリストラの対象者となったことを妻にも息子にも言い出せないサラリーマンの話(「育ちゆく木 ─五十二歳の秘密基地」)には、とりわけ心臓をつかまれるような思いがした。

 人間は誰しも悩みを抱えている。しかし、その悩みの深刻さに不公平があるように思えてしまうこともある。誰かにとっての幸せが、他の誰かにとっての不幸だったりすることもあるし。だったらせめて、不幸のさなかにいる人も「今日はつらかったけど、明日はまたがんばってみよう」と感じられたらいい。森は、そして青年は、誰のことも受け入れてくれる。森はただそこにあるだけで、そして青年は傷ついた人々の心に寄り添うことで、息子が昔と変わらぬ優しさを持っていることを母親に気づかせ、昔のような若さが失われてしまったとしてもまだまだやれることはあるとサラリーマンを勇気づける。果たして、森そのもののような包容力に満ちた青年は何者なのか…? ぜひこの美しい再生の物語を一冊読み通して、答えを探していただきたい。

 著者は、2007年『夏光』でデビュー。ホラー畑の作家というイメージがあったため、実はこれまでなかなか手が出ずにいた。しかし、ほんのりファンタジー色は感じられるものの誰の身にも起こりうる人生の一コマが温かみをもって丁寧に描かれている本書は、乾作品の入門書としては最適ではないかと思う。

 私のほんとうにささやかな願いが叶った話。私が初めて流れ星を見たのはつい最近だ。それは現在は山の中にある夫の実家でのこと。夜になると辺りが真っ暗になるため、ほんとうにたくさんの星が見えるのだ。あまりの星空に圧倒されていたら、目の前をすーっと星が過ぎった。「あっ、願い事…」と思ったときにはもう消えていて、「せっかくのチャンスだったのになあ」とがっかりしかけた私の心に幼い日の記憶がよみがえった。「流れ星に願い事をすると叶う」と私に教えた母が、重ねて「どんな願い事をしたい?」とたずねた。私は「『流れ星が見られますように』ってお願いする!」と答え、家族はどっと笑った。「そのときはもう見てるじゃないの」と。しかし、その当時まだ流れ星を見たことがなかった私にとっては、それが正直な気持ちだったのだ。その願いが何十年越しで叶った。それ以来、望んでもすぐには実現できないかもしれないけど未来には叶うかもしれないこともある、と思って生きている。いま現在思い通りにならないことで苦しんでいる人にも、いつか道が開けるときが来ますように。

(松井ゆかり)

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