ミステリー作家の登竜門「新潮ミステリー大賞」初代受賞作の不思議な作風

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ミステリー作家の登竜門「新潮ミステリー大賞」初代受賞作の不思議な作風

 ミステリー作家の新たな登竜門として2014年に設立された「新潮ミステリー大賞」(主催/新潮社、後援/東映)の初代受賞作品『サナキの森』が書籍化され、新潮社から発売された。

 『サナキの森』は、80年前に岩手県遠野市で起きた事件を巡るミステリーだ。仕事を辞めたインドア系の主人公・紅が、売れない小説家だった祖父の本に挟まっていたメッセージを頼りに遠野に向かい、そこに書かれていた依頼を果たそうとするが、その地でかつて起きた怪死事件と祖父の小説作品の間の奇妙な符合に気づき、真相を探る。
 今回は作者の彩藤アザミさんにインタビュー、この作品の成り立ちと今後の抱負についてお話を伺った。

―彩藤さんのデビュー作『サナキの森』についてお話をうかがえればと思います。
この作品は2014年に設立された「新潮ミステリー大賞」の初代受賞作となりましたが、まずは受賞の感想をお聞かせいただけますか。

彩藤:とにかく驚きました。まさか受賞するとは思っていなかったので。

―『サナキの森』は、ストーリーやキャラクターの魅力もさることながら、旧字体の重々しい文体と、ライトノベル風の軽やかな文体という、二つのまったく異なる文体が使われているのが特徴的です。彩藤さんの“素”の文体はどちらなのでしょうか。

彩藤:“素”というのは特にないのですが、最初に書きたかったのが旧字体の方で、作中に組み込まれている短編だったんです。その短編から話を膨らませて本編を考えていったんですけど、落差をつけたくてあえて本編は軽い文体で、作中作は重々しい旧字体で書きました。意図的に古い方はより古く、新しい方はより新しくというように意識して書いたので、どちらも普段の文章とは違いますね。

―作中作とは、主人公・荊庭紅(いばらばこう)の祖父が若い頃に書いた短編ですね。こちらをまず先に書きあげてしまった。

彩藤:そうなります。でも、特に落ちのある話ではないので、それをそのまま賞に応募するのはどうかなというのがありました。だから、短編は作中作という形にして、現実に起こった「密室殺人」と絡めようということで、今の形になりました。

―今おっしゃった「密室殺人」での鍵のトリックなど、ミステリーとしてかなり本格的ですよね。

彩藤:ありがとうございます。トリックのところは受賞した後、出版にあたって改稿したのですが、そこできちんと筋が通るようになったのかなと思っています。

―そういえば、巻末に「刊行に際し、選考委員の意見を踏まえ、応募作に加筆・修正を施した」という文言がありますね。

彩藤:トリックに瑕疵というか、応募した当時の原稿だと、主人公の推理とは別の方法でも成り立つ可能性が残っていたので、そこを修正したんです。「これしか方法がない」という結論に持っていくための加筆・修正だったのですが、これがすごく大変でした。執筆よりも時間がかかったかもしれません。

―選考委員は伊坂幸太郎さん、貴志祐介さん、道尾秀介さんと豪華な顔ぶれですが、そういったアドバイスめいたものももらえるんですね。

彩藤:選考の場で「こうしたらいいんじゃないか」というアイデア出しをしてくださったと聞いています。それと、これは指摘があったからということではないのですが、作中作にも結構手を入れて直しました。
というのも、執筆自体は短期間で一気に書いたので、旧仮名遣いなのに新漢字でしたし、ところどころ間違いがあったんです。出版するとなったらいい加減なものを出せないので、漢字をすべて旧字に改め仮名遣いも訂正し、校閲の方に見てもらいつつ直していきました。

―主人公の紅や泪子だけでなく、どの登場人物もいきいきとしていて魅力的です。キャラクターの設定はどのように固めていきましたか?

彩藤:主人公を自分に近い境遇にしようとは思っていましたね。他の登場人物についてはそこまでキャラクターを作り込むことはしませんでした。
紅と泪子はどちらも私に近い性格になっていて、内向的な部分は紅に、わがままな部分は泪子に託しています。

―特に紅は世代的にも彩藤さんと近くて、ちょっとしたセリフのなかにこの世代の女性が抱えている生きにくさや人生観が垣間見えます。

彩藤:インドア派の女の子で紅と同じようなことを考えている子は多いのかもしれませんね。紅には自分の根暗なところや卑屈なところを投影させたつもりなのですが。
(後編につづく)


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