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世界をまわって気が付いた「旅の記憶の残し方」とは

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筆者撮影。クロアチアのドブロブニクにて。現地人に、絶景ポイントを教えてもらった。

TRiPORTライターの濱松です。
皆さんは、“旅”とは何だと思いますか? 私が世界を旅しながら1人で考えたり、海外で出会った旅人といろんな話をしたりするなかで思うことは、結局のところ、「旅は十人十色」なんだなと。ほとんど同じ経路をたどってきたはずなのに、記憶にある場所、写真の風景などが全く違う…、そんなことがしばしばあります。

今回は、私が旅をするなかで行き着いた「旅の記憶の残し方」をお話できればと思います。近々旅をする方、いつか旅をしたいと思っている方の参考になれば幸いです。

記憶に残る旅をしよう

「旅は自由で、素晴らしい」とよく言いますが、実際のところ、旅には期間と予算という縛りがあります。そのなかで、行ける場所、行きたい場所を吟味します。私は旅行ではなく、旅をしているかどうかは、その場所を通り過ぎてからわかることだと思います。なぜなら、「旅=記憶に残っているかどうか」だからです。

その街の景色、地元の人々の生活、習慣まで記憶に残すことができれば、「この場所を旅していたな」と思えるのです。時間の関係で忙しく移動を繰り返し、気が付いたら観光名所を巡って終わっていたなんてこともあります。私は、それは旅ではなく、旅行であると考えています。

その街のことを聞かれても「よかったよ」としか返答できない。せっかく時間と費用を割いて行った場所なのに、そんなことしか答えられない。悔しい限りです。そのような考えを持っている私は、常に旅をしているわけではなく、たまに旅行をしながら旅をしているといった感覚でいます。ガイドブックの情報だけではなく、それを参考にしながらプラスαで自分のアンテナと体を使って何ができるのか…。そこに「かすれることのない記憶に残る旅」になるかどうかのカギがあると考えています。

では、具体的にどんなことをすれば記憶に残りやすいのか。それは、「最低1つ、旅を通じて必ず見るものを決める」ということです。例えば、その土地の伝統工芸、食文化、社会問題などがあります。自分で決めた共通テーマがあると、他の国々と比較ができ、そのことについてより深く知る材料が増えます。

ここからは、わたしが「旅をしたな」と実感できた例を2つ紹介させていただきます。

トルコの伝統工芸に触れる旅

筆者撮影。イスタンブールにあるブルーモスク。夜景もうつくしい。

日本から出てみると、「こんなに多種多様な文化、伝統工芸があるのか」と、驚くことばかりです。これから紹介するのは、数あるなかでも特に記憶に残ったトルコの伝統工芸に触れた際のエピソードです。

トルコのイスタンブールを歩いていると、しつこいほどに声をかけられます。たいていは無視をして通り過ぎるのですが、その日は何となく、絨毯売りのおじさんに声をかけられ立ち止まり、買う気がないことを伝えた上で、お店に移動しました。すると、おじさんはいくつか絨毯を広げて、トルコ絨毯の歴史についてこのように語ってくれました。

“トルコ絨毯というのは、もともと女性の花嫁道具。その模様1つ1つに意味があって、こんな家庭を築きたいという女性の強い意思が込められている。絨毯のふちに描かれた川の模様は命を意味し、家族がずっと一緒にいられますようにという意味。また、その川のそばにある花は、愛情。川のそばにあることで、常に愛があふれる家庭を築けますようにという女性の願いが込められているんだ”

筆者撮影。絨毯売りのおじさん。といっても、20歳だそうだ。

そう汗を流しながら一生懸命説明してくれました。また、トルコ内でも、戦争が多かった地域や海辺の地域など、作られた場所によって模様も全く違うそうです。そして、最後に教えてくれた言葉は、トルコ人が何を大切にし、どんな生活をしているのかを垣間見た気がしました。

“今説明したことは、トルコ人の常識なんだ。それはなぜか。その理由はトルコ人が大切にしている言葉に集約されているんだ。「自国の歴史を知らずして、自分の前に道はできない」という言葉にね。”

宗教に触れる旅

筆者撮影。セビーリャでは、至るところにみかんのなる木が生えている。

日本では、一般的に宗教について触れることは敬遠されがちではないでしょうか。しかし、宗教色の強い地域へ行き、現地人と仲良くなると、必ず「君の宗教は?」と聞かれます。宗教とはそれほど自分の生活とともにあるものなのだと感じ、逆に「日本でこれほど敬遠されるのはなぜか」、という疑問も浮かんできます。宗教については、多くのエピソードがありますが、今回はスペインでの出来事を選びました。

筆者撮影。セビーリャの教会にて。最近では、お祈りに来る信者が減っているそうだ。

セビーリャの教会を訪れたときに気が付いたのは、お祈りしている対象が、キリストではなく、マリアであるということ。通常、私たちが想像する教会は、木製の長いイスがいくつもあり、その前に十字架にかけられたキリスト像がある、というのが一般的であると思います。

しかし、セビーリャの教会のほとんどは、マリア像をメインにしていました。調べてみると、スペインだけでなく、ポルトガルやフランスの一部地域のカトリック信仰のある国々では、マリア信仰が盛んであるとありました。スペインでは、スペイン南部に位置するグラナダを攻め落とそうとした際に、マリア像にお願いしたところ、スペインの勝利という預言があり、その通りとなったことから、広がったとされる説があります。それまで宗教に疎かった私は、キリスト教内でも宗派によって崇拝する対象が異なるということを知らず、新たな発見だったので驚きました。しかも、セビーリャで見たマリア像はどれも金色に塗られ、今まで見たキリスト崇拝の教会とはまったく作りが違ったのです。

筆者撮影。セビーリャにあるスペイン広場。イスラム色を色濃く残す。

こういった体験をすると、「では、キリスト教徒の聖地エルサレムはどうなっているんだろう」とか、「他の宗教はどうなんだろう」など興味がふくらみます。それが一つの原動力となって、私の旅は続いていくのです。

おわりに

与えられた情報だけでなく、インターネットであろうと、現地の情報であろうと、自ら積極的に何かを得ようとする姿勢があれば、それは旅だと思います。なぜなら、海外、もしくは日本国内であっても、ガイドブックに載っていないことのほうが多いと、自らの体験から思うからです。せっかく時間と大金を使って行く旅。少しでも多くのものを見てみたいと思いませんか?

(ライター:濱松 教道)

Photo by: 濱松 教道

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