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すき焼き文化あれこれ 中京関西圏では「かしわ」の人気高い

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 この季節の代表的な鍋であるすき焼きは、作り方に流儀はあれば肉は牛肉と決まっている。ところが歴史を振り返ればそうではない。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が解説する。

 * * *
 先日、「すき焼きの割り下有無めぐる東西の違い やや西が優勢な理由」(2月1日)という記事を書いた。すると、侃々諤々、さまざまな意見が噴出した。

 とりわけ作り方にこだわりがあるのは関西だった。「牛脂→牛肉→砂糖→醤油」という関西すき焼きの王道から「牛脂→ザラメ→肉→醤油」という香ばしさ優先派や「牛脂→牛肉→醤油→砂糖」というパターンも聞こえてきた。最近では砂糖の代わりに、わたあめを使ったすき焼きもあるという。まさにすき焼き百花繚乱である。

 ではすき焼きはいつから日本人にこれほど好かれるようになったのか。大正時代から昭和初期――つまり約100年前の日本人の食生活について、各都道府県ごとに聞き取り調査を行った「日本の食生活全集」(農文協)全50巻からはその様相が見えてくる。

 まず100年前は「すき焼き」といっても「牛」とは限らなかった。全50巻からすき焼きにまつわる記述がある都道府県を抜き出してみると、以下のような分布となる。

牛 宮城、東京、大阪、石川、滋賀、兵庫、奈良、島根、山口、福岡、佐賀
豚 福岡、鹿児島
鶏 愛知、滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山
鴨 愛知、岐阜
鳩 兵庫
山鳥 兵庫

 現在「すき焼き」として一般的な「牛」は東日本から関西、九州まで広範囲にわたっているが、100年ほど前、中京から関西エリアでは「かしわ(鶏)のすき焼き」がごちそうとして圧倒的な人気だったことがわかる。「聞き書」シリーズは各都道府県をいくつかのエリアにわけて調査された資料だが、見比べてみると大阪や京都では市街地と山間部など生活様式の違う複数のエリアで「鶏」の人気が高かったのだ。

 呼称は「鶏のすき」「かしわのすき焼き」「すっきゃき」などさまざまだが、いずれも客用のごちそうだったり、ハレの外食として描かれている。京都の丹波での「松茸と青ねぎが入れば最高である」という食べ方などは、誰が聞いても垂涎モノである。

 日本の養鶏は愛知県から始まった。戦国時代にはすでに三河地方で大規模養鶏が行われ、尾張では明治維新で禄を離れた士族を対象に養鶏の講習が行われたほどだ。確立された中京地方の養鶏技術が関西圏へと伝わり、鶏食文化は広がっていった。

 その「養鶏の本場」である愛知県では、鳥のすき焼きは「ひきずり」という独自の名前で定着している。現在では「ひきずりとは名古屋コーチンを使ったものである」という先鋭化された解釈もあるが、本来はそこまで厳密なものではなかったようだ。現在も中京圏には、独特のすき焼き文化も残されている。

 ほかにも牛すじを使ったすき焼き風の煮もの(石川)や、鰹だしを入れて煮詰めた割り下を使う(宮城)など、100年前のすき焼きは現在よりも遥かに多様だった。情報や流通といったインフラの充実は、料理というコンテンツすら均一化してしまう。

 家のすき焼きの構成要素は複雑だ。居住エリア以外にも家系の出自などさまざまな要素が複雑に絡みあう。すき焼きには百の家庭があれば百のつくりかたがあり、その複雑に絡みあった具材や流儀こそが”味”なのだ。現代では、さまざまなレシピがいともかんたんに手に入る。その結果、レシピの画一化が進むという皮肉な結果も生んでいる。

 だがすき焼きは「みんな違って、みんなだいすき」を実現できる数少ないメニュー。目先のおいしさだけでなく、たまには実家のすき焼きの味を振り返ってみる。そんな楽しみ方ができるのも「すき焼き」ならではといえるのかもしれない。


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