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ムダな属性強化が楽しい。アホーにしんにゅうをかけたヴィクトリアンSF。

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 ちょっ、ダーウィンの扱い、あまりにヒドくないか。てゆーか、ダーウィンってそんなキャラか?

『バネ足ジャックと時空の罠』に登場するダーウィンは、不気味で無慈悲な悪役だ。ケーブルがつながった金属の玉座に鎮座して、「彼の職業(詩人)は肉体的能力の不足をおぎなうために発達したと仮定してみてはどうだろうか? 肉体的レヴェルでは異性を惹きつける能力を欠いているために、彼はヒバリと同じように、”歌”の技術を発達させたということはないだろうか?」などと口走る。いやいや、ホンモノの進化論はそんなんじゃないよねー。

 ダーウィンだけじゃない。この作品はテクノロジーが歪に発展した”もうひとつの”ヴィクトリア朝が舞台のスチームパンクで、歴史上の有名人がさまざまな役割を演じる。主役は大英帝国きっての冒険家リチャード・バートン。彼のキャラもずいぶん強化されているが、なにぶんヒーローなので付与されている属性はおおむね好感度アップ系だ。彼は王室直属のエージェントに抜擢され、ジェームズ・ボンドばりのタフなダンディぶりを発揮する(ただしボンドのように多情ではないが)。

 それに対して可哀想なのは脇役たちで、キャラ立ちのためのムダな属性ばかり。バートンの相棒である詩人のアルジャーノン・スウィンバーンはマゾヒスト(譬喩的な意味ではなく正味のヘンタイ)。ダーウィン陣営についているフローレンス・ナイティンゲールは、人体改造大好きのアブない看護婦。イザムバード・キングダム・ブルネルは、蒸気駆動ボディのイカれたエンジニア(そのボディから縦横に伸びる多関節アームは先端がさまざまな工具になっている)。いずれもクダらなすぎて面白い。しかし、こんなことして怒られないのか?

 と思ったら、作者が巻末の「謝辞」で〔こうしたからといって、彼らの偉大さをほんのわずかでも傷つけることにはならないとはっきり確信したうえでの所業である〕と断っている。なるほどね。まあ、イギリスはあの「モンティ・パイソン」を生んだ国なので、こうした悪趣味寄りの諧謔は歓迎されるのだろう。まあ、日本だって、もっとキャラの扱いがヒドい歴史改変フィクションがあるので(異星人によって開国させられた江戸で、体制側の治安組織の副長がマヨラーだったり)、この程度じゃ驚かないが。

 さて、本書の最大の敵(ラスボス?)は、神出鬼没の魔人バネ足ジャック。先述のダーウィンたちは非人間的な行動原理がはっきりしているが、ジャックはなんのために世間を騒がすのか不明だ。その名の通り、尋常でない跳躍力を持つばかりか、空中で忽然と姿を消す。ジャックが襲うのはもっぱら娘だが、偶然出くわしたバートンも殴打をうける。殴りつけながら、「きさまは余生に本を書いて死ぬはずなんだ」「あれは1861年じゃなくて64年だ。おれにはちゃんとわかっている」などと、わけのわからない言葉を口走る。

 SF読者なら、この場面で(物語全体の十分の一程度の箇所)ジャックの正体のおおまかな推測がつくはずだ。そしてそれが、この”もうひとつ”のヴィクトリア朝の成り立ちにも関わっていく。謎解きとしてみれば難度が低いのだが、それはぜんぜん問題じゃない。本書は三部構成で、「ここにバネ足ジャックの真の物語が語れる」と題された第二部では、ジャックの視点でそもそものはじまりから説きおこされる。これが唖然呆然。開いた口がふさがらない。こんなアホーな事情があったとは! しかも事態がこんがらがるにつれて(読みながら「よせばいいのに!」と何度呟いたことか)、もっとアホーが増していく。

 いやー、こういうの好きだけど。面白いのは確かだけど。ただねー、これがフィリップ・K・ディック賞(2010年度)の受賞作とはなあ。こんなアホーな作品に『ハーモニー』は負けたのか。

(牧眞司)

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