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「医療翻訳家」という仕事――研究者を続けられなくても、医学の発展に貢献できる

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「脱工業化社会」といわれて久しいものの、従来のワークスタイルから逃れられない職場がまだ多いのでは。それでも新サービスを目指して若いITエンジニアが独立したり、働きやすさを求めて子育て中の女性がプチ起業したりする例が生まれているようです。

私が住む中東のイスラエルにも、たくさんの女性起業家がいます。規模は大きなものから小さなものまで、職種も起業の理由も人さまざまです。そこで「イスラエルの女性起業家事情」として、さまざまな分野の女性起業家の声を紹介していこうと思います。今回は、首都エルサレムに住む医療翻訳家のハナ・ガバイさんです。(文:夢野響子)
英語とヘブライ語の翻訳依頼が世界中から集まる

ハナさんは、成人した3人の子どもを持つ母親。8年前、英語とヘブライ語の「医療翻訳家」として起業しました。それ以前はヘブライ大学のガン研究室で働いていたと言います。

「起業を決めたとき、周りからは止められました。『女性がひとりで起業?』という見方が周囲にはあったんだと思います。他の仕事を斡旋してくれる人もいました(笑)」

医薬品の研究開発では、研究者と研究対象者には原則として母国語に訳された書類(薬の処方方法、器具の使い方、検査の詳細、合意書など)も渡されることになっています。細かな言葉の間違いもあってはならないからです。

彼女のもとには、世界中の研究機関から翻訳の依頼が来ます。イスラエルの公用語であるヘブライ語を母国語とする研究者は、世界のあちこちにいるからです。ガンの研究に長く携わってきた彼女は、この仕事に使命感を持っています。

「ガンの研究は私にとって本当に興味がある分野ですが、今は実際に自分の手を使って研究しなくても、翻訳を通してこの分野に関わっていけると考えたんです」

研究開発の仕事は、時には危険な材料を扱いながら、遅い時間まで作業を行います。結果が出るまでに長期間かかり、負担に耐えかねて全く違う分野へ転職する人もいますが、研究室を離れても別の形で貢献する道を見つけるハナさんのような女性もいます。
子育てをしながら大学院に進学。専門性を磨く

彼女は高校時代から、学校の授業のかたわらワイツマン科学研究所(自然科学系の大学院大学)に通って研究を続け、その成果は高校卒業試験の単位に上乗せされました。その後の博士課程終了まで続く彼女の研究人生は、10代半ばにはすでに始まっていたようです。

またハナさんは、自然科学以外の分野にも幅広く取り組みました。ある日、社会学を学んでいた友人が英語の論文を読むのに苦労していたのを見かね、その場で翻訳を申し出ます。

インド・ヨーロッパ語族に属するゲルマン語派の英語と、アフロ・アジア語族に属するセム語派のヘブライ語は、全く異なる言語体系です。しかし翻訳する作業は、思いのほか楽しいものでした。その後、彼女はヘブライ語の言語学も学び、多方面の経験が幅広い翻訳依頼に対応できる基礎となっているそうです。

仕事の内容は性別には関係ないものですが、ハナさんに「女性として得したこと、損したことは?」と尋ねたところ、「正直、損することばかりですね」と苦笑いします。

「学士号を取った時には、もう長女がいたのでひとまず仕事を探しましたが、専門的な研究職を望んでいたのに、学士では単純な仕事しかなかったのです。『この分野は学士では不十分』と言われたこともありました。普通の学士取得者より、はるかに経験を積んでいたんですけどね」

子育てをしながら彼女は大学に戻り、修士課程ではバイオテクノロジーで海藻の研究をし、博士課程ではより実用的な医学研究に進みます。実用的な研究テーマを選んだ理由には、子どもたちがいたので、就職のしやすさを考えたことも関係したようです。
ポイントを押さえる育児で「良心がとがめることはない」

「日本では海藻は食べるんですけど…」と聞くと、「(基礎研究は)研究のための研究で、実用目的ではありません。研究で発見されたことが、将来何かに使われるかもしれませんが」という返事が、微笑みとともに返ってきました。

博士号を取得して再び仕事を探しますが、産業中心地のテルアビブまでの通勤時間の長さや、幼児を抱える母親であることを理由に再び門前払いが続きました。この分野の研究では、事があれば夜中でも職場に飛んでいかなければないからです。

結局、博士研究員として学業に戻ることになりましたが、研究中でも深夜に進行状況を確認する必要があり、ときには深夜11時や早朝5時に子どもを預かってくれるベビーシッターを探して頼んだこともあるそうです。

「その代わり、子どもたちが起きている時間は、家にいたり、必要に応じて一緒に外出したりして、ポイントを押さえる育児をするようにしてきました。子どもたちはずっと、私が大切な研究をしていることを誇りにしてくれていましたから、振り返っても良心がとがめることはありません」

その後、「医療翻訳家」として起業したのは前述の通りです。とても物静かなハナさんですが、強い意思を持って突き進む芯の通った女性という印象でした。

(参考)ハナ・ガバイさんのウェブサイト

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