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大豊泰昭、王貞治に憧れた一本足フルスイング人生、台湾が生んだ希代の寡黙なスラッガー

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一本足打法から繰り出す豪快な一振りで、多くのファンを魅了し続けた元プロ野球選手・大豊泰昭氏が、去る1月18日午後、以前から煩っていた急性骨髄性白血病のため、名古屋市の病院で死去したことが明らかとなった。享年51歳。

1963年、台湾の南投県に生まれた大豊は、高校時代からスラッガーとして脚光を浴び、同じく台湾出身の大打者・王貞治氏に憧れて日本行きを熱望。しかし、20歳にならないと出国できなかったため、いつか日本の地を踏みしめることを夢みつつ、卒業後は母校で2年間コーチを務めながら、地道に素振りを繰り返す毎日を過ごしていたという。

1984年、愛知で新聞販売店を営む人物が身元引受人となることで、ついに悲願の来日を果たした彼は、名古屋商科大学へと進学。愛知大学野球リーグでは通算96試合に出場し、打率.350・24本塁打・94打点を記録する活躍を見せた。その後、学生スラッガーと して注目を集めた彼は、1年間の球団職員としての生活を経て、1988年のドラフトで見事、中日ドラゴンズへの入団を果たす。背番号は王貞治が持っていた当時の本塁打記録にちなみ、55番。25歳でのプロ入りという実に遅まきのスタートであった。

【動画】http://youtu.be/ZL-TfZ9biY8

中日入団後は1年目から2桁本塁打をマークするなど、その豪快な一振りから繰り出す長打を武器に、瞬く間に中心打者へと成長した大豊であったが、その豪快さゆえに三振も多く、確実性の有無を問われて、トレード候補として名前が挙がることもあった。しかし、1992年の秋季キャンプで、張本勲氏から一本足打法を薦められると、血の滲むような努力の末にそれを会得。その才能を見事に開花させた1994年には、38本塁打107打点で二冠を獲得し、セリーグを代表する大打者へと成長した。「燃え上がるこの胸に 血潮沸き立たせ いざ征けこの一打に 男を賭けよ」「闘志たぎらせ 進め大豊 道は一筋進め進め 進め大豊」中日時代も阪神時代も、そのヒッティングマーチの歌詞には、彼の熱く実直な生き様を描いたフレーズが並ぶ。

【動画】http://youtu.be/VopGBG66iWI

中日、阪神、中日と過ごした実働14年のプロ野球生活のなかで、1000を超える豪快な三振と共に見せた本塁打は実に277本。美しい1本足打法から繰り出す彼の鋭い大飛球と、時折垣間見せた温和な笑顔は、今もなお、多くのファンの心に焼き付いている。

文・吉竹明信

【参照リンク】
・大豊泰昭オフィシャルサイト
http://www.taihoh.com/
・[追悼] 大豊泰昭(陳 大豊) 現役時代プレー 一本足打法 [中日編] YouTube
http://youtu.be/ZL-TfZ9biY8
・大豊 代打サヨナラホームラン YouTube
http://youtu.be/VopGBG66iWI
 

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