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「旅に行くこと自体は、自慢できるものでもないし意味はない」それでも旅に出る理由を、旅作家 下川裕治が語る

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今年、日本で海外旅行が自由化されて50年が経ちました。今では手軽に格安で他の国に行く事もできるようになり、ネットを覗けば他の国の情報は文字だけでなく、画像や動画でも簡単に手に入れる事ができます。

情報に溢れた今、私たちは旅に行く必要があるのでしょうか? 約40年前から変わらないスタイルで旅を続けている旅作家、下川裕治さんに話しを伺ってみました。

「自分の旅」は現地へ行かない限りつくられない

旅というものに何を求めて行くかと言う事は、僕自身もそんなにはっきりわかりません。ただ、「どうして旅に出るか」って、「行ってみなきゃわからない」から。

例えば、パリのエッフェル塔はネットでもガイドブックでも見れる。ただ、現地でエッフェル塔を見上げている自分の周りに、うっとうしいフランス人が居たり、塔の前を車がガンガン走っていたり、冬になるとすごい寒さに包まれる。そういう空気の中で見るエッフェル塔こそ「あなたのエッフェル塔」ですよね。だから、現地へ行くという作業を怠ってはいけない。怠ったら旅はつまらなくなる。

「私はパリもニューヨークも行きました」ってことをいくら言っても、今は誰も聞いてくれない。旅に限らないかもしれないけど、特に若い人の「情報を既に見てしまった」感覚が作る盲点というか落ち度がある。実際の場所に行って感じたり考える手間を省いてしまっているよね。

旅は見せびらかすものじゃない

その人が旅に行って人に伝えられる言葉は、その人が行って、その場でどういう風に吹かれて何を考えたかが重要なのであって、行ったこと自体はあまり意味はないし、人に語ることの程でもないと思います。

旅に行くのは自分のためであって、誰にも期待されていない。「言葉が通じないと困るでしょ」って言う人もいるけども、やっぱり言葉が通じない方が楽でいいですよ。

言葉がわからなくても、こちらが何かをしようと思ったらわかってくれる。そして勘がよくなる。それが人間です。勘がよくなるには、不安が必要なんです。不安をなるべく多く作ってあげれば勘はよくなるんですね。

言葉の通じない異なった空間の中に自分をぽんっと置いてあげることと、不安を消さないこと。日本の旅行サイトとかホテルのサイトとかは一生懸命口コミ情報とか入れて、不安を消そうとしている。けれど、それは限界があるということに気付いた方がいい。不安がないと街が見えてこないんじゃないでしょうか。

文句を言いながら旅をするぐらいだったら攻撃相手は自分に

じゃあ不安だらけの旅を、どうやって自分のものにしていくかというと、ホテルの予約をしないこと。

僕は、ホテルを予約するとそこに行かなくちゃいけないことが、すごく鬱陶しい。それよりも行き当たりばったりに一軒ずつ聞いて探す方が楽ですね。ホテルの予約をしないと、不安なまま街を眺めるでしょ? その眺めるときの注意力っていつも以上だと思います。

台湾とか、安全な国ってあるじゃない。治安的にも大丈夫で、万が一のときも何とかなるみたいな国。そういう国で、一度試してみるといいかもしれません。ネットの情報を鵜呑みにして、「書いてあること嘘だったじゃない……」なんて文句を言いながら旅をするぐらいだったら、攻撃相手は自分にすべきですね。そうすれば、旅は急に自分のものになってくる感じがします。

そんな旅はしたくないって言われればそれまでなんだけど、旅を大切なもののひとつとして自分の中に抱え込みたかったら、不安という要素は大事なんです。

本来の旅する形になっている

――― 下川さんは、昔から変わらず安宿やLCC等を多く利用していらっしゃいますが、その理由は何でしょうか?

単純に言えば、何回も行きたいから。安くなればまた行ける。ゲストハウスみたいなところじゃないと、落ち着かない体になってしまいました。(笑)

香港、マカオもそうだけど、ホテルが日本より高い。僕は40年ぐらいずっと重慶大厦(チョンキンマンション)というところのゲストハウスに泊まっていました。狭くて映りの悪いテレビが置いてある安宿で、最初は若かったから構わなかったけれど、当時は「年取ったらもうこうゆうところには泊まってないだろうな」って考えてた。だけど今も相変わらず同じゲストハウスに泊まっています。

LCCを使うのも、単純に安いからです。サービスに何の期待もしない。安く、ちゃんと現地まで届けてくれたらそれでいい。それだけなんだけども、僕にとってLCCが画期的なのは、片道の航空券が買えること。列車とかバスと同じで、ここまでは片道で買って、そこから先は成り行き次第でも大丈夫なのはありがたいですね。

日本の若い人たちの、スケールが小さくなって来ている

――20代前半男性の海外渡航数が激減しているというニュースが出ていましたが、どうしてだと思われますか?

大学の観光学科で「若者はなぜ旅に出なくなったのか」というシンポジウムがあって、パネラーとして呼ばれました。そのとき「旅に行った学生と行っていない学生、仮に同じ会社の面接を受けて、ほぼ評価が同じだったらどちらを取りますか?」という質問に対して、パネラーとして来ていた60代の大手旅行会社の専務が「そりゃあ旅した人取りますよ!」って言うんだけど、学生たちは「それは嘘だ」「先輩からそうは聞いていない」って言うんだよね。

結局、採用担当の人たちは「旅なんかに行っていた人は使いにくい」と思われているのでは、ということでした。今は旅へ行くことが、マイナスになりうるし、少なくともプラスではなくて、素直で突飛なことをやらない人が採用される傾向すらある、それが今の若い子達にはかなりプレッシャーなのかもしれません。

旅が嫌いじゃないけど旅には意味がない、そんなことをしている余裕はない、という意識が若い人には強いと感じますね。それはもうしょうがないと思う。僕は、そういう人達を説得してまで旅に行かせなくてもいいと思ってます。

日本は、パスポートを持っていない人たちが実は多くて、一方韓国とか台湾とか、小さい国になればなるほど他の国との繋がりの中で生きていかないといけないから、たくさん旅に出ます。

どんどん日本の若い人たちがスケールが小さくなって来ているのは事実。外へ行くより日本国内でなんとかした方がいいんじゃない?と思っている若い人たちが多いのも現実。しょうがないのかな。これからすごく旅へ行く人と行かない人が二極化する気はしますね。

ネットの社会は広がって行くようで、情報が薄くて個人をちっちゃくして行く

ただ、僕は旅に行かないからダメ、ということはないと思う。日本は今後、ちっちゃい国になっていけばいい。ただ、日本人はなんだかんだお金持っているわけだから勿体ないな、とは思います。中にいる人たちは海外のものを取り込もうともしない、そういう流れになってしまっている。

いまだに、僕が本を書けているか不思議なんだけど、疑似体験をしに行くわけじゃない。行ってみて風を感じれば、ただ見たり聴いたりしたものとは全然違うんだって理解できる。

「行ったつもり」「見たつもり」で固まる社会って、ちっちゃいですよ。ネットの社会は広がりをつくる一方で、個人をちっちゃくしていく。早くそれに気付くべきだと思う。だけど、気付く為には旅に行かないといけない、という矛盾点があるんだけどね。

(聞き手:赤崎えいか 写真:立花実咲)

[下川裕治:1954年、長野生まれ。大学を出てからは新聞社に3年勤めて、27歳で「このままやっててもなぁ」と退社。「12万円で世界を歩く」が旅行作家としての事実上のデビュー作。バスや列車を乗り継ぐ「バックパッカー」スタイルでの旅を書き続けている。]

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