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ロングインタビュー「志村けん」

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あれもこれも、続けてそれぞれ面白く。 ― 志村けんの努力。

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3年半ぶり、3回めの登場。満を持しての「アイーン」だ。

きちんと寄り目、本気で指先まで神経の行き届いた形。

前回その右腕には、スイスの天才時計師の手になる逸品が

巻かれていたが、今回のは…妖怪ウォッチ!?

新しい仕事が、それ関係なのである。

ちなみに前回のインタビューの題材は舞台『志村魂』。

そして今回もそこに分け入っていくのである。

仕事は緊張しないこと。
人生のテーマは「自然」

―今巻いてらっしゃる妖怪ウォッチは自前ですか?

「いえ、映画会社の方に貸していただきました」

―それ、なかなか買えないですよ。「らしいですね。僕も前にこの仕事の資料でいただいた分を、知り合いの息子さんにプレゼントしたら、ものすごくよろこばれました」

―そんなに流行ってるっていうことはご存じでした?

「名前は聞いたことあったんですけどね。仕事のオファーをいただいてから周りに “こんなの来たよ”って言ったら、“え~ッ!?”ってみんなが驚くもんで(笑)。そんなすごいのかと」

―今回は劇場版で伝説の妖怪、マスター・ニャーダの声を演じられてますけど、そもそもやろうと思われたのは、なぜですか?

「僕、2年前に『ロラックスおじさんの秘密の種』で、初めて声優やったんですけど、絵と合わせて演技するのって結構難しくて。あんまり長いセリフがいっぱいあるとイヤだなと思って、“どのくらいの感じでやればいいの?”って聞いたら、“コントのじいさんばあさんみたいな声で、志村さんのご自由にやってもらえれば”って言うし、分量もそんなに多くないので、これならそんなに緊張せずにできそうかなと思って…」

―どんな声にされたんですか?

「もう2カ月ほど前に録ったんで、忘れちゃいました(笑)」

―役作り的なことは?

「いや、べつに(笑)。いつものじいさんとかばあさんの感じです。試しに“ウ~”“ア~”って言ってみると、“全然オッケーでーす!”だって(笑)。立ち回りのシーンはアドリブでやりました。“短いのでおまかせします”とか言われたんですけど、いやあ、オレにおまかせされてもなーって(笑)」

―『妖怪ウォッチ』の流行を受けて、今、子どもたちが困ったこととか失敗を全部妖怪の仕業にするのが社会現象みたいになってるんですけど、どう思われます?

「でも…僕も『(8時だョ!)全員集合』のときには、いかりや(長介)さんに怒られたら『怒っちゃヤーヨ』ってやってたからなあ。それでテレビを観た子どもたちも親に怒られたら『怒っちゃヤーヨ』って(笑)。だから、怒られたことについてある程度理解していさえすれば、笑ってすませられるのはいいんじゃないかと思いますけどね」

―『妖怪ウォッチ』は小学校で起きがちな「あるある」を題材にアニメを作ってるそうなんですが、志村さんのコントづくりでも、「普通の感覚」を大事にされてますよね?

「僕は自然と、自然体が好きなんです。人生の目標も“自然でいること”。普段からできるだけ見栄を張ったり、大きく見せようとしたりしないよう心がけてるんですが、コントも“あ、こんなシーンあるよな”っていうところをまず入り口にします。それがどんなふうに運んでいくかを考える」

―自然。

「そこからだんだん右肩上がりにエスカレートしていく。普通の酔っぱらいが最後にはとんでもない事態に巻き込まれてる…みたいなのが好きなんです。“そんなヤツはいねえだろ”っていうのはあんまり出てこないですよね…じゃあバカ殿の白塗りはどうすんだって話ですけど(笑)。バカ殿も、最初にできたときはああじゃなかったんですよ。お城で一番エラいのにバカやって相手を見ているという、実は深いところもあったりするんです(笑)」

―それが長くキャラクターが愛される秘訣かもしれないですね。

「心がこもってないと見透かされちゃうし。“子ども用”と設定してやるとバカにされます。子どもっていつも背伸びしたくて上を上を見てるもんです。僕が大人として上から下に目線を合わせようとすると、絶対にいいことないですね。僕は自分が面白いと思うことしかやらないです」

―『志村魂』の客席では小学生からおじいちゃんまでまんべんなく笑ってますし、『バカ殿』で文字通り死んじゃうんじゃないかってぐらいに「爆笑」する小学生がいます。志村さんの「面白い」が、なぜそんなにハマるんでしょうね?

「僕が心がけているのは、お客さんが観ながら“これ、絶対こうなるよ、こうなるよ”って期待する通りにある程度進めていくことです。“ほら、思った通りになった!”っていうのを半分以上入れようと。僕らの世界では“ベタ”っていうんですけど、ベタをないがしろにしたらダメです。“もっと新しい笑いを!”ってやると、ある層はついてくるけど、それ以外の層には響かないですよね」

「やり続ける」こと。
その効能と覚悟

―若いころに、尖った笑いをやりたい衝動はなかったんですか?

「やってましたよ。20代で、ドリフ以前のコンビのころ。いろんなショーの前座で出て、若いお客さんによくウケました。それがあるとき、三波春夫さんのショーの前座で同じようにやっていたら、全然通用しないんです。おじいちゃんおばあちゃん、見向きもしてくれない。恥ずかしかったですね。これじゃカッコ悪いなあと思って、泊まっていた旅館に帰って考えたんです。それで『お富さん』っていうネタを思い出した。浴衣着て、股に手を入れたりするようなちょっと下品な昔の芸なんですけど、これならどうだろうと次の回にやってみた。年配の人たちが笑ってくれたんです。ああ、よかったと。それを今度は試しに若いお客さんの前でやってみたら、ウケたんですよ。それでずいぶん意識が変わりました」

―年寄りとヤングと…あと子どもにも、どこか共通の「面白いゾーン」みたいなのがあるんですね。

「だから結局それが“わかりやすい”ってことじゃないのかな。わかりやすくてお客さんの期待を裏切らないということですね」

―ギャグに関して、「みんなが飽きても自分は飽きちゃいけない」と、「やり続けることが大事だ」とおっしゃってますよね。それもやはり期待に応えるやり方ですか?

「いっときはやる方も飽きるんですよ。この前も(日本)エレキテル(連合)に“朱美ちゃんやめようと思うんです”って言われたから、“ダメダメ”って言ったんですよ(笑)」

―ただ自分で「これを追求するんだ」って決めても、周りが飽きてしまったら、できなくなっちゃいません? 消費されるというか。

「それには、人に見せない裏の努力ですよ。あることを続けるには、それ1個じゃダメです。別のこともやってそれをちゃんと面白くすること。そうしたうえで元のやりたいことに戻ったら、それがまた一層面白く見える。そのギャグを続けるためには他のコントもやってそれがきちんと面白くなくちゃダメで…」

―その、「他のコント」も目先を変えるためだけじゃなくってずーっとやっていくと。

「あれもやってこれもやって、それらをずーっと続けていって、それぞれちゃんと面白くして、そこで元の…たとえばバカ殿に戻ってきたら “よっ、待ってました!”ってなるんですよ」

―ハードル高いですね。

「だから努力なんですよ。つねに何かをしてないと。人が遊んでるときに遊んでたら、普通の人間になっちゃうし。失敗したら、僕なんか人一倍恥ずかしいしみっともないと思う質なんで、それをとりかえすためには、越えていくしかないわけでしょ」

―この先、新たに広げようと思ってらっしゃることはありますか?

「広げるよりも、同じことを何回もやって深めていく方に興味があります。今は舞台ですね。舞台は、“明日はここをこうしよう。こんなふうに変えよう”って、少しずつ完成の域に持っていけるのが面白い。それを続けていって、どこまで100点に近づけることができるか。初日から同じことやってるのに、少しずつ少しずつ微妙に変わっていくんだよね。それが気持ちよくて。千秋楽を迎えて、次の年にまたやったときに、もうちょっとでも上がっていれば」

―次の年の初日は前の年に到達した地点から始められるんですか?

「僕はすごくアガリ症で緊張するので、“緊張しないためにはどうしたらいいか”をいつも考えてるんです。ホンづくりをちゃんとして、しっかり稽古して “これだったら面白くできる”ということがわかるところまで、事前に詰めておく。でもいくらそう考えて、いくら稽古でうまくいっても、本番ではお客さんと呼吸しながらやっていくから、またちょっと違うんですよね。毎回お客さんが違うんで。それでもここだけは毎回必ずドッとウケるっていうのが目標だし、去年はそこまでいけたんだ”っていう裏付けと自信を持ったうえで取り組むことはできますよね」

―志村さんって、30代をどんなふうに過ごしました?

「『全員集合』が終わったのが35歳、ひとりでやっていくというターニングポイントみたいな時期でしたね。ここでしっかりしないと、40代50代は食えねえぞって思ってました。どれだけスタッフたちと力を合わせることができるか、それにはまずどれだけ自分の方を向かせられるか。“オレと一緒にやったら面白いぜ!”って必死にアピールしてましたね(笑)。こいつについてったらなんとかなるかなって思わせるために、どれだけ努力したことか!…番組のスタッフ連れてどれだけクラブを飲み歩いたことか。番組じゃなく全部僕持ちで(笑)。それで当時のADたちが偉くなって局長クラスを経て、もう退職したりしてますから…オレをもっと使ってくれていいのにさ、ろくろく恩返しもせずに(笑)」

―そうはおっしゃいますが、天下の志村けん、そうそう簡単に番組に使うのは難しいんじゃないですか?

「いやいや、ちゃんと計算して使っていただければいいですよ(笑)」

プロフィール
「志村けん」しむら・けん

1950年東京都東村山市生まれ。72年、お笑いコンビ・マックボンボンで芸能界デビュー。73年、ザ・ドリフターズに加入。『8時だョ!全員集合』において「東村山音頭」「ヒゲダンス」「カラスの勝手でしょ」などで人気者に。85年の番組終了後も『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』(TBS)、『志村けんのバカ殿様』『志村けんのだいじょうぶだぁ』(ともにフジテレビ)などで人気を不動のものに。06年からは舞台『志村魂』を毎年公演。現在、『天才!志村どうぶつ園』(日本テレビ)、『志村座』(フジテレビ)などに出演中

(R25編集部)

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