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アリシア・キーズも楽曲サンプリングした、ウェンディ・レーンが他界

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 スタックス・レコードの新進アーティストで、1967年にオーティス・レディングが他界したため音楽から退いたウェンディ・レーンが12月16日、脳卒中のためテネシー州メンフィスで亡くなった。67歳だった。彼女の音楽は、数十年後もサンプリングで使用されている。

 メアリー・フライアスンとしてメンフィスで生まれたレーンは、1963年にスタックス・レコードのオーディションを友達2人と受けた後、レディングによって命名されたDrapelsとしてレコーディング契約をした。その後、当時16歳のレーンはスタックスの共同運営者だったジム・スチュアートに自身が書いた曲を聞かせ、ソロアーティストとしても契約するに至った。

 当時のシンガーには珍しく、ブッカー・T.&ザ・MG’sをバックバンドに従え、自身で書いた曲のみをレコーディングしたレーン。ビルボード・チャートに入ることはなかったものの、ダンスチューン「Bar-B-Q」は成功をおさめ、パフォーマーとして進むために高校を退学した。

 最初の夫と別れた後、スタックスの従業員であったジェイムス・クロスと再婚した1967年には、家族と過ごすために音楽業界を引退。レディングやバーケイズとともに最後のパフォーマンスを行なう予定だったが、直前に気変わりし、メンフィスの自宅から出なかったという。なお、レディングとバーケイズの4人のメンバーは、ウィスコンシン州マディソンに向かうなかの飛行機事故で亡くなっている。

 レーンが音楽業界から離れて26年、彼女の「After Laughter, Comes Tears」はウータン・クランの「Tearz」でサンプリングされ、そのウータンのRZAとオール・ダーティー・バスタードも再び、同曲を「Black Widow Pt. 2」で使用した。また、アリシア・キーズもアルバム『アズ・アイ・アム』に収録の「Where Do We Go From Here」で同曲をサンプリングした他、NastyNastyは「Apologies」でダブステップ版にしている。

 レーンは2010年9月にニューオーリンズのフェスティバル【Ponderosa Stomp】で短いステージを披露し、パフォーマンス復帰。2012年2月にLight in the Atticレーベルがコンピレーション・アルバム『After Laughter Comes Tears: Complete Stax & Volt Singles, Rarities, 1964-1965』をリリースすると、再び注目を集めたレーンは全盛期のアーマ・トーマスと比べられた。

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