ガジェット通信

見たことのないものを見に行こう

【球界偉人伝】愛された男の早すぎる死。“ドカベン”香川伝説を振り返る

DATE:
  • ガジェット通信を≫

 今年9月26日、ファンから愛され続けたある野球人がこの世に別れを告げた。その人物とは、「ドカベン」の愛称で親しまれ、南海・ダイエーで活躍した香川伸行。生きていれば、今日12月19日が53歳の誕生日のはずだった。若すぎる死を悼む声が多数あがる一方で、現役時代を知らない世代も多いはずだ。そこで、野球界の事情に詳しいスマホサイト『週刊野球太郎』編集部に、“ドカベン”香川伝説を教えてもらった。

     *   *   *

◎夏の甲子園、史上初の3試合連続本塁打

 香川が一躍スターになったのが浪商高(現大体大浪商高)時代。中日、ロッテで活躍した牛島和彦とバッテリーを組み、1979年のセンバツで準優勝、夏の甲子園では、史上初の3試合連続本塁打を放つなど、華々しい活躍を見せた。

 体重100キロを超える強打の捕手、という姿がまさしく漫画『ドカベン』の主人公・山田太郎を連想させることから、「ドカベン」の愛称で親しまれるようになった。

◎プロ初打席場外ホームラン! という規格外のデビュー戦

 ドラフト2位で南海に入団。1980年7月8日のプロ初打席で日生球場の左翼スタンドを越える場外ホームランを放つ、という規格外のデビューを飾る。

 入団4年目の1983年には規定打席未満ながら打率.313、15本塁打でベストナインに選出。まだ20代前半で、これから順風な野球人生を歩んでいたはずだったが、結果的にこの年がキャリアハイとなり、以降は下降線をたどっていく。

 原因は重すぎる体重だった。

◎人が良すぎるが故に……

 体重の割にはまだ動ける、機敏さが自慢だった。しかし、体重が120キロと登録されるようになり、その後の姿ではどう見ても120キロ以上あるだろうと思われる体型では、さすがに守備範囲が極端に狭くなり、捕手として試合に出場することは難しくなった。

 もちろん、香川としても入院治療も含めた、さまざまなダイエットも試みたが、それ以上に食べる量がなかなか落ちなかった。というのも、人気者である故、支援者から食事に誘われることが多く、人が良すぎる香川はそれを断りきれなかったのだ。

 その後、南海からダイエーにオーナーが変わったシーズンを戦い終えた1989年オフに戦力外通告を受け、同年限りで現役引退。引退時は、まだ27歳(その年の12月に28歳)であった。引退後は解説者業のほか、現役時代同様の人気を活用してさまざまな事業も手がけた。

 奇しくも今季のプロ野球では井上晴哉(ロッテ)、山川穂高(西武)など、体重100キロを超えるぽっちゃり選手が台頭したことでも話題になった。その光景を「ドカベン香川」はどう見ていたのだろうか?

 スマホマガジン『週刊野球太郎』では、今年限りで引退した選手たちの心揺さぶるヒューマンストーリーを紹介。また、プロ、アマ、メジャーの今年を振り返るクイズも開催中!
 『高校野球&ドラフト候補選手名鑑 for auスマートパス』では、プロ12球団にオススメする来年度のドラフト候補を一挙公開!
 新刊『野球太郎No.013~2014ドラフト総決算&2015大展望号』は、ドラフト指名選手81名、育成ドラフト指名選手23名のデータに加え、2015年度のドラフト候補選手88名も掲載!

※リンクが表示されない場合は、http://yakyutaro.jp/をコピーしてアクセスしてください。

※『週刊野球太郎』はauスマートパス、Yahoo!プレミアム、ドコモSPモードに対応、『高校野球&ドラフト候補選手名鑑』はauスマートパスのみ対応しています。

■関連リンク
「なかったことのように」された経歴
「一日署長イベント」で問題が発生
プロ野球選手参加の「苦い記憶」

カテゴリー : エンタメ タグ :
Scoopie Newsの記事一覧をみる ▶
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。

TOP