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地域おこし協力隊で武雄市に移住し “猪突猛進”でシェアカフェをオープン

【画像1】民放キー局のディレクターから武雄市へ移住した永田裕美子さん。いのししcaféにて(写真撮影:村島正彦)

2014年7月、佐賀県武雄市に1軒のシェアカフェがオープンした。その名は「いのししcafé」。店主は1年半前に武雄市に移住してきた永田裕美子さん(44歳)だ。1週間、曜日毎にカフェ運営者が変わるシェアカフェというスタイル。都会では近年見られるようになったが、佐賀県下では初の試みとのこと。このシェアカフェ・オーナーの永田さんに、その背景と思いを聞いてみた。六本木勤務のテレビディレクターから転身。武雄市に地域おこし協力隊で赴任

「1年半前までは六本木のテレビ局で朝の情報番組のディレクターをしていたんです。まさか武雄でカフェオーナーになるとは思いもしませんでした」と語る永田さん。

きっかけは、樋渡啓祐武雄市長だった。「随分前から、武雄市長は面白いことやってるなぁ…と意識していたんです。東日本大震災の直後に『武雄市は被災者を3000人受け入れます』と早々に宣言したり。市長が次々に打ち出す市政改革には常に注目してて、ある意味”追っかけ”やってました」と笑う。

そんなある日、テレビ局に樋渡市長が出演のために訪れた。永田さんは、迷わず市長に声を掛けた。「武雄市に移住したいんですけど、どうしたらいいですか?」と。テレビ番組のディレクターという昼夜逆転するような激務のなか、シングルマザーで幼い娘を子育て中の永田さんは、職場からも近い西麻布のマンションに住んでいた。子育ては、外国人も含む3人のシッターの援助を受けながらだ。シッターの費用は月に10万円に及んだ。そんな都会での多忙な日々に疲れたこともあったのだという。

市長は、フランクに話しを聞いてくれ、アドバイスもしてくれた。それから半年後、昨年4月に「地域おこし協力隊」という、地方活性化を支援する国の制度を利用して、武雄市へ転身・転居してきた。当時、小学1年生になる娘を連れてだ。

【画像1】民放キー局のディレクターから武雄市へ移住した永田裕美子さん。いのししcaféにて(写真撮影:村島正彦)

【画像1】民放キー局のディレクターから武雄市へ移住した永田裕美子さん。いのししcaféにて(写真撮影:村島正彦)

【画像2】もとはスナックだった内装を、明るくオシャレに改装した。デザインは、永田さんがNYで暮らしていたときの友人が協力してくれた。改装資金は、行政からの創業支援やクラウドファンディングで募った(画像提供: studio blueprint)

【画像2】もとはスナックだった内装を、明るくオシャレに改装した。デザインは、永田さんがNYで暮らしていたときの友人が協力してくれた。改装資金は、行政からの創業支援やクラウドファンディングで募った(画像提供: studio blueprint)広報番組づくりや特産品「いのしし肉」の販売促進。「武雄推し」で大活躍

永田さんが、武雄市に来てから取り組んでいるのは、市の広報番組づくり。毎週、地元のCATVで放映される15分の番組だ。この番組の、企画、構成、撮影、出演、原稿、ナレーション、編集……の全てを一人で手掛けている。何が市民に興味を持って見てもらえるか、市政についてどう情報発信したら伝わり易いか……テレビ局勤務のノウハウが活かされている。市内を取材で精力的に駆け巡り、広報番組を見ている市民も多く、永田さんはあっという間に武雄市の”有名人”になった。

このほか、武雄市が害獣対策を兼ねて特産品化に取り組んできた「いのしし肉」のソーセージやジャーキーの販売促進の活動にも精力的に取り組んできた。自らの名前を冠した「ゆみこのいのしし おつまみセット」を、ネットショップを中心に販売する。今年8月には、東京新聞などで取りあげられ、反響は大きく、押し寄せる注文に発送が追い付かないばかりか商品の底がついたという。

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