ガジェット通信

見たことのないものを見に行こう

一人なら何でもできて何にもできない。ローカルから刺激を受ける私にとっての旅

DATE:
  • ガジェット通信を≫

イランへ行った時で、道を歩いていたら突然声をかけられ、その後、ご飯を一緒に食べに行くことになった人たち。

何が待っているかわからなくて、人や自然、文化など、日本では見たことのない光景を目の当たりにできる他の国の面白さに惹かれ、私は大学在学中の長期休みを使って、よくいろいろな国へ行っていました。最初のうちは観光地へ行っては、見たことのない世界を見て感動し、旅の面白さにハマってしまいましたが、貧乏旅行が常の私にとって、現地の人からのぼったくりやスリなどに神経を集中させることは、観光以上に気が滅入ることでした。

大学の最後の夏休みには1ヶ月半で10カ国巡る旅をし、また帰りたいと思える国もできましたが、旅中は「なぜ、旅をし続けるのか」「なぜ、旅は好きなのに、こんなに疲れるのか」という疑問ばかり頭に浮かび、旅の本当の面白さが受け入れられなくなりました。

そこで、旅の中で自分が「おもしろい!」と思ったものが何だったのか考えてみました。

自分の可能性が一旦リセットされる世界

1ヶ月半の旅の最中、イランを訪れましたが、多くの現地の人が私に話しかけてくれたり、食事に誘ってくれてたこともありました。ただ、英語もカタコトで、大学で第二言語としてスペイン語を学んでいたものの、ほとんど話せなかったので、どうしても現地の人と会話をするのが難しい状態でした。

周りは私のことを知らない人たちばかりで、その瞬間感じたものは「自分はなにもできない」ということ。日本では受け入れられていた自分の可能性が、ゼロになったような感覚でした。

一番楽しかった瞬間は、現地の人や他のツーリストと関わって、その人の考えやローカルな部分に触れているときでした。1ヶ月半の怒涛のスタンプラリーのような旅から帰り、もっとローカルな一面、人々の生き方、暮らし方、考え方、文化、食事などを体感できる旅をしたいと思いました。そんな時、行こう、と決心した先が、自分にとって未知の世界である中南米でした。

ローカルを垣間見れる瞬間

ローカルを知るためには、その土地の公用語を話せる能力は必要だと私は思います。中米のグアテマラで4ヶ月間スペイン語留学をしましたが、4ヶ月、ほとんど日本語を絶った生活をしたので、現地の人の話すことは多少理解できるようになりました。ホームステイで現地の家族や学校の先生、地元の人々と関わり続けることによって、人それぞれの考え方を知ることができましたし、私自身の思いを主張するうち、日本人らしさ、または「個」としてのアイデンティティを再発見したような気がしました。

グアテマラの独立記念日の1枚。聖火リレーのようなものをやっていた。

例えば、グアテマラのコミュニティは非常に互いの連帯感が強いことは、彼らを理解する上でとても大事な気づきでした。あるステイ先のお父さんが教会の牧師だったこともあり、よく教会へ連れて行ってもらいましたが、毎回のミサでお父さんの熱弁に、信者たちは号泣する姿を何度も見ました。当初は全く理解できず、毎晩教会へ行く家族にくっついて、お父さんの話に必死に耳を傾けました。

すべてを解釈することはできませんでしたが、教会へ行くたびに、集まる人々の心の拠り所であり、何か問題があればみんなで助け合うコミュニティを形成しているということが分かりました。さらによく観察してみると、グアテマラのどこの街や村へ行っても常設の市場や隔週で行われる定期市が多く存在し、大型のスパーマーケットよりも、そういった場所へ訪れる人の方が多いのです。スーパ-マーケットのほうが便利のように思われますが、グアテマラの人たちにとって市場は人々が集まるためには、なくてはならない存在のようです。

週に1度の定期市で顔を合わせ、「元気?」と調子を伺う。グアテマラ人にとって市場は集会所のように、用もないのに話に来ている人もいて、だいじな憩いの場になっていたのです。これは、言語を少しでも理解できるようになり、ゆっくりと現地を観察することによって知ることができた部分です。こういう瞬間が、私にとって旅の最中に一番心が満たされる瞬間なのです。

人とは違った旅をつくる

ホームステイ先の家族とともに。私の誕生日に。

スリに気をつけたり、観光客と現地の二重価格に悩ませられたり、世界へ一歩出れば日本の常識が通用しないことだらけで、私にとってそれは刺激でもあり、ストレスでもありました。

しかし「郷に入っては、郷に従え」ということわざの通り、異国では日本のルール、自分の概念は通用しないと割り切ることにすれば、案外肩の力がスっと抜けて、ローカルのルールを理解することができ、直にローカルと接することができるんだと実感しました。現地の人と仲良くなって、一緒に食事やお酒を飲んだり、地元の人しか知らないような場所へ案内してくれたりなど、通常の旅とは違ったオリジナルの旅ができ、それがまた私の旅する動機と楽しみとなっているのです。

意外と一人でも旅をすることができる反面、一人じゃ何もできません。つまり一人で旅をしたと言っても、現地の人や他の旅行者にお世話になったり、日本にいる親や友達には待ってくれている人がいるのです。

世界に出ることによって自分の可能性が大きくなったり、小さくなったりする感覚、その感覚が私を旅に出る原動力なんだと思います。これからは、さらに新しいものを吸収できるような旅をしたいと思っています。

*Natsumi Daizen「危険?そんなことはない!ペルシャ文化に心奪われる、イランの旅~イスラムの聖地マシュハド、世界の半分エスファハーン~
*Natsumi Daizen「危険?そんなことはない!ペルシャ文化に心奪われる、イランの旅~首都テヘラン、歴史的なバーザールのある街タブリーズ編~
*Natsumi Daizen「生臭さと活気あふれる、グアテマラ最大の露天市、サン・フランシスコ・エル・アルトへ

カテゴリー : 生活・趣味 タグ :
Compathyマガジンの記事一覧をみる ▶
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。

TOP