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川上監督を前にあの金田正一さえもが緊張で食事が喉を通らず

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 1965年から1973年にかけて読売巨人軍が日本一であり続けた時代、V9戦士の誰もが、川上哲治監督を畏怖の対象であったと語る。1955年に投手として巨人入り、3年目から外野に転向し、主に2番打者としてV9を支え、1970年後現役引退後はコーチを務めた国松彰氏(80)が川上氏について語る。

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 ええ、もちろん怖かったですよ。川上さんには「そこにいるだけで怖い」という威厳がありました。僕も長い間、川上さんとは話もできませんでした。

 わかりやすい例があります。国鉄から移籍してきた金田(正一)さんの話です。金田さんは当時すでに350勝を挙げていた大投手でした。でも巨人に来て、阪神戦のため遠征に出ていた芦屋の旅館で、こんな場面がありました。

 チームには先輩から風呂に入って食事をするという暗黙のルールがあったので、金田さんが早くに風呂から上がって、食事のために大広間に行ったんです。するとそこには川上さんしかいなかった。ふと金田さんを見つけた川上さんに「こっちで食べろ」と呼ばれて、正面に座った。でも、正座だったうえに緊張もあって食事が喉を通らなかったらしい(笑い)。あの金田さんでもそうなのか、と思いましたね。

 ゆっくり話したのは僕が引退してコーチになった時に、川上さんがオフに岐阜のお寺に座禅を組みに行くから一緒に来いといわれてお供した時かな。その時に初めて少し近づけたような感じでしたが、それでもまだ離れている方が良かったですからね(笑い)。

※週刊ポスト2014年10月31日号


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