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滝田栄 レ・ミゼ主演の14年間は毎日がタイトルマッチだった

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 ロンドンで大ヒットしたミュージカル『レ・ミゼラブル』の日本版が公演されるにあたり、すべてのキャストがオーディションで選ばれるというのは1980年代半ばの商業演劇の世界では大ニュースだった。1987年の日本初演で主役のジャン・バルジャンを射止めた役者の滝田栄が語る言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづる連載『役者は言葉でてきている』からお届けする。

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 滝田栄は1987年、帝国劇場のミュージカル『レ・ミゼラブル』で主役のジャン・バルジャンを演じている。これは、ブロードウェイのプロデューサーであるキャメロン・マッキントッシュが自らオーディションしてキャスティングが行われた。

「当時はまだ家康を引きずっていて、今さら順番を待ってのオーディションは嫌でした。でも、ホテルの一室を用意して、そこに向こうのスタッフと個人的に会わせてくれるということで、受けることにしました。

 詩人の岩谷時子先生から『オーディションというのは顔を見せに行くんじゃない。完全に表現できるようにしてどこでも歌える、それが当たり前だからね』と言われて練習して臨みました。当日は正装していったのですが、演出家のジョン・ケアードに『あなたは美しすぎる。ジャン・バルジャンは二十年も牢にいた男だ。秋にもう一回来るから、その感じを見せてほしい』と言われまして。
 
 当時は八ヶ岳で農業をしていたので、秋まで農作業しながら髪も伸び放題、肌も焼け放題のままにしました。それで最終審査に臨んだら、みんな綺麗な服装をしている。それを見て『勝った』と思いましたね。

 審査で『アリア』を歌ったところ、キャメロンに『次にあなたと会うのは帝劇の幕が開く時です』と言われたんです。それから一年かけて岩谷時子先生と歌いながら、一行一行、本当に歌える言葉か繋げて訳して、さらに稽古で一年かかって、三年目にようやく幕が開きました」

『レ・ミゼラブル』は大好評となり、滝田は2001年に怪我で降板するまで、14年も舞台に立ち続けることになる。

「外国の演出家はどんな芝居の作り方をするのかと思ったら、『自由にやってくれ。ただ、同じことを二度やろうとは絶対に思わないで、芝居は毎日変えてほしい』と。それから『綺麗な声を出そうなんて思わないで、鞭を打たれた時に出る苦しい声を表現する。ミュージカルじゃなくて《歌う演劇》だと思って演じて』と言われて、『これは絶対にできる』と思いました。

 14年間、プロボクシングの世界タイトルマッチに出るくらいの覚悟で、毎朝家を出ていました。朝起きた瞬間に『今夜はこれをやってみよう』『こういうふうに試してみよう』って。その準備をするために、家族とは口もきかずに、体をほぐして心を整えて、劇場に黙って入る。僕と斎藤晴彦さん、島田歌穂さんは他の共演者が劇場に入る頃には準備は終わっていました。

 二千人のお客さんが打ち震えて感動して、滂沱(ぼうだ)の涙を流している姿を劇場で14年、見てきました。念ずれば花開くって本当なんだと思いましたよ。

 劣等生の研究生の時、『本気でやらないと通用しない。それなら人間は素晴らしいということを伝えられる仕事がしたい』と思いました。ただ有名になるため、面白がらせるためというスタンスでは、僕は芝居ができない。これは素晴らしい、と思うと血湧き肉躍って、魂が動き出す。本数は少ないですが、これ以上なく感動できる作品を次々とさせていただけました」

●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』(PHP新書)、『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(文芸春秋刊)ほか。最新刊『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮新書)も発売中。

※週刊ポスト2014年10月17日号


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