絢爛なアイデアがてんこもりの未来宇宙SF。でも、いちばんに根底には……

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絢爛なアイデアがてんこもりの未来宇宙SF。でも、いちばんに根底には……

 全部乗っけかよ、ロビンスン!

『2312』には、テラフォーミングの進んだ太陽系、チューリングテストを突破する量子AI、自由に性転換をする人類など、絢爛たるアイデアがどっさりだ。大盤ぶるまい。それでいながら、シンギュラリティとかポストヒューマンとかトンガった方向へはいかない。カッティングエッジのネタをどっさり乗せつつ、物語は昔ながらのストレート/ストロングなSFだ。

 題名が示すとおり時代は西暦2312年。高度に発達したエンジニアリングを駆使して、人類は水星から土星衛星群にまたがる太陽系諸天体へと居住域を広げていた。皮肉なことに当の地球にだけは大胆なテラフォーミングが施せず(広く人が住んでいるせいで)、環境破壊がじわじわ進むばかりの後進地域に成りさがっていた。資源も枯渇し、文化的にも停滞している。それが宇宙で新天地を切り拓いた者たちとの軋轢を生む。また、諸天体間にもさまざまな利害関係があり、その複雑な政治的かけひきもこの小説に織りこまれている。

 主人公の環境アーティスト、スワン・アール・ホンは水星の指導的立場にあった人物の孫であり、彼女(この物語の時点では女性を選択している)の相棒となるフィッツ・ワーラム(おなじく男性を選択している)は土星連盟の外交官だ。ふたりはスワンの祖母を介してつながりがあったが、水星の移動都市の破壊をきっかけに結びつきが強まる。その現場にいたスワンとワーラムは力を合わせて脱出したのだ。破壊は隕石によるものだが、のちに何者かによるテロの疑いが浮上する。この犯人捜し/真相究明が、物語のいちばん太い幹となる。

 スワン+ワーラムのバディ・ストーリーだったら定型エンタメだが、文学通のキム・スタンリー・ロビンスンがそんな常套をよしとするはずがない。前述したようにふたりは複雑な政治背景・利害関係のなかにあり、個人の事情や感情よりも優先すべき役目を担っている。だから、ときに裏切りとしかとれない行動にも出るし、疑心暗鬼や反発も避けられない。そのうえ、ふたりを中心にしたメインプロットと同じくらいの分量のサブプロット(複数)が用意されている。その多くはスワンを視点人物とする太陽系各地域でのさまざまな相手とのかけひきだが、それとは別に、地球出身の若者キランが金星での陰謀に巻きこまれるサスペンスフルなプロットもある。これらがどうつながり、宇宙人類史の重大な局面へと発展していくか。ロビンスンの悠々たるストーリーテリングが堪能できる。物語のあちこちにバラまかれた断片が、最終的にひとつにまとまっていく。

 まあ、軽薄なぼくはそうしたふくらみのある物語性よりも、スワンの移動にともなってあらわれる天体の絶景のほうに目がいくのだけど。ただ、ロビンスンは科学技術的な裏づけに手間をとられすぎて、ちょっとイメージ喚起力がそがれている気がする。それはないものねだりか。

 強調しておきたいことがもうひとつ。いろいろな具がたっぷり乗っているけれど、その具を平らげたあとに見えてくる器の底は、なんと正統なラブストーリーなのだ。物語が終盤に至るまではほとんど浮かれたところはないのだけど、当人が恋心に気づくと、それまでのなんでもなかったやりとりが急に胸キュン場面に総変わりする、なんとも心憎い演出だ。ものすごくロマンチック。未来なのにこんなにクラシカルな愛があって良いのかってくらいだが、もちろん良いのだ。恋はいいねー。

(牧眞司)

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