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母を殺したのは弟なのか?〜桂望実『エデンの果ての家』

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 生まれてくる子どもをかわいいと思えなかったらどうしよう。私には3人の息子がいるが、最も強く不安に思ったのは次男が生まれる前だった。もし、長男に抱いているのと同じくらいの愛情を次の子に注げなかったら、自分の子どもたちを差別することになる。そう思うと何より恐ろしかった。私自身は2人姉弟の長女である。娘を待望していた父は私には甘めに、弟には厳しめに接していた。それは長男に対する期待の表れでもあっただろうし、決して愛情そのものに差があったということではないと信じている。しかしナイーブなところのある弟にとって愉快な思い出ではなかったはずだ。

 本書の主人公・葉山和弘にも弟が1人いる。和弘は自分が両親から愛されていないと感じて生きてきた。その弟・秀弘が母・直子の殺害容疑で逮捕されるところから物語は始まる。時を置かずに、秀弘は交際していた清水七をも殺害していたとして再逮捕される。後に残された和弘と父・敬一は秀弘の無罪を勝ち取るべく奔走するが、もともと折り合いのよくない2人の足並みはなかなか揃わない。秀弘や生前の直子を知る人々に話を聞いて回る父子は、自分たちが知らなかった、あるいは知りたくなかった彼らの別の顔を知らされることになる。自分の意に沿わない証言に激昂する敬一。そんな父の姿を見てさらに傷ついていく和弘。

 果たして秀弘はほんとうに母と交際相手を殺したのか。そういった観点から見れば、本書はミステリー小説とも言えると思う。しかし、著者がより力を入れて描いたと思われるのは家族小説としての側面だ。2人以上の子どもを持つ親で、「次女が生まれたら長女がかわいく思えなくなった」「下の子たちが生まれても上のおにいちゃんがいちばんかわいい」といった言葉を口にする人は少なくない。「聞き分けの悪い息子より、親の言いつけをよく守る娘の方がかわいい」と言う親もいれば、「人の顔色を見て行動する娘より、単純な息子の方がかわいい」と言う親もいる。親は決して完全な存在などではないから、気が合うと感じる子どもとそうでない子どもがいたとしても責められないだろう。親も決して本意ではないのだ。そうは言っても子どもはもっとつらい思いをしているということについて、親はせめて自覚的でなければならないと思う。

 自分だけが疎外されて育ってきたと思っていた和弘だった。が、秀弘が逮捕されたことによって図らずも、それまで敬遠していた父と向き合い、妻・久美子との関係において家族とは何かを考え直す機会を持つことになる。和弘目線で見れば、彼らの両親がかなり思いやり(あるいは想像力)に欠けていたことは否定できない。だが事件がきっかけとなって、和弘と父(と思い出の中の母)は決してお互いに愛情がなかったわけではないということを確認できた。それが、沈鬱で心が折れそうな日々の中で彼らを照らしたかすかな光明だったと思う。

 著者である桂望実氏の代表作は映画化もされた『県庁の星』(幻冬舎文庫)かなと思うが、いろんな傾向の作品にチャレンジされていてつかみどころがない(←ひとつのジャンルにとらわれないという意味で)作家という気がしている。だいたい一作ごとに”黒桂”と”白桂”が交互に来ているイメージ。

 ちなみにこの文章の冒頭で述べた私の次男出産時の不安は、長男に生き写しの赤ん坊の顔を見た瞬間にあっさり解消された(蛇足だが、三男も兄たちと同じ顔をしていた。長いこと”年の離れた三つ子”と呼ばれていた3兄弟である)。私は料理が上手なわけでもないし、その日の気分で叱ったりスルーしたりするようなテキトーな人間だし、賢母からはほど遠い母親だ。しかし、3人の中で誰か1人だけを特別にかわいいと思ったことは一度もない。もし私に親として評価してもらえることがあるとしたら、それが唯一の美点だと思っている。

(松井ゆかり)

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