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美輪明宏「明治時代の日本人はただ者じゃない方ばかりです」

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 言葉の力が急速に失われつつある。政治家からも、文化人からも、その場の空気に流されたかのような言説しか聞かれない。しかし、この人の言葉にだけは耳を傾けたくなるのはなぜだろうか。

 NHKの連続テレビ小説『花子とアン』のナレーションでおなじみの美輪明宏氏(79)。戦中、戦後をしなやかに生き、数多の時代の先駆者たちと交遊をもってきた〝麗人〟に、ジャーナリスト・青木理氏が「この国の行方」を聞く。

──美輪さんの過去の交遊録を通じて、過去と現在の日本について、考えられないかと思っているんですが。

美輪:若い方はご存じないかもしれませんけれど、幸田文さんは女っぷりが良かったですね。(父で作家の)幸田露伴に仕込まれただけのことはあって、立ち居振る舞いも審美眼も、そして言葉がとてもきれいでいらっしゃった。

──言葉、というと?

美輪:私も戦前生まれですが、特別な家でなくとも言葉はとても大事にしてました。「なんですか、その口のきき方は」って怒られましたから。

 ひとつが鼻濁音の使い方。いま私、『花子とアン』(NHK連続テレビ小説)のナレーションをやっていますでしょう。最後に「ごきげんよう、さようなら」って言うんですけど、その「ごきげんよう」が他の人たちと違うのはなぜって聞かれるんです。それは「がぎぐげご」が言葉の最初にきた時は濁音でいいんですけど、二番目より後にきた場合は(鼻に抜ける)鼻濁音にする。そうすると言葉がまろやかで、失礼にあたらないっていう教育。昔は当たり前だったんですけどね。

──鼻濁音の使い分けは、恥ずかしながら私も知りませんでした。

美輪:いまの方はご存じないですから。しかも若い子なんか「すっげぇ」とか「やべぇ」とか言ってね。

──「やばい」はよく聞きますね。

美輪:なんでも「やばい」「やべぇ」って。みんな動物に近くなって退化してるんです。しまいには「わー」とか「おー」とか、「ワン」とか「ニャン」とか、それですんじゃうんじゃないかと思いますよ(笑)。

 でも昔は言葉が複雑で、それを使いこなしていた。美意識なんです。幕末から明治期は日本の美意識が世界中から注目を浴びていた。有田焼とか九谷焼が輸出され、包み紙がないから浮世絵とか錦絵に包んで送られて、向こうの美術関係者が「何だ、これは」って。野蛮な東洋にこんな洗練された文化があるのかって。

 華道、書道、織物や工芸品も紹介され、ジャポニズムブームが起きた。モネ、ゴーギャン、ロートレック、ゴッホも日本美術の影響を受けた。クリムトも尾形光琳なんかの影響を受けています。

 そういう下地があって明治に西洋文化が入ってきた。音楽畑でも、いまみたいにロックなんかを無条件に受け入れるんじゃなくて、波打ち際でちょっと待ったって止めるんですね。そして滝廉太郎や本居長世といった作曲家が長唄・端唄や常磐津などをミックスさせる。それに北原白秋や三木露風といった一流の文学者がレベルの高い詩を書いて、『赤とんぼ』とか『朧月夜』などの美しい唄がたくさんできた。あのころの人はただ者じゃない方ばかりです。

※SAPIO2014年10月号


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