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【ITスーパースター列伝】知性を競うスポーツ「チェス」 人間はもはやチェス専用スパコンに勝てない? ~IBMディープ・ブルー・チーム~

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情報システムに関する製品・サービスで知られる企業、IBM。同社初代・第2代社長の名を冠した「T・J・ワトソン研究センター」は、物理学者の江崎玲於奈氏を輩出するなど、理科学からビジネスまで幅広い分野の研究実績を持つ。1989年、この研究所内に作られたチームが目指していたのは「チェスの世界チャンピオンを打ち負かすスパコンをつくる」ことだった。

IBMディープ・ブルー・チーム
【何をした人たち?】チェス専用スーパーコンピューター(スパコン)「ディープ・ブルー」を製作
【何ですごいの?】1980〜90年代のチェス世界チャンピオン、カスパロフに勝利
【今は何をしている?】カスパロフとの対局後、ディープ・ブルーは解体された

1997年5月11日、チェスの世界チャンピオン(当時)であるガルリ・カスパロフは、憮然とした表情で「投了」を宣言した。この対局で要した手数は、僅か19手。カスパロフは最序盤で定石を指し間違えるというミスを犯し、負けを認めざるを得ない状況に追い込まれてしまったのだ。6番勝負の5戦目までの成績は、1勝1敗3引き分け。この最終局の結果により、カスパロフは負け越し、雌雄が決した。

カスパロフの相手を務めたのは、IBMのスパコン「ディープ・ブルー」というチェス専用マシン。T・J・ワトソン研究センターの優秀な技術者たちによって作られたものだが、そんな彼らとて、簡単にチャンピオンから勝利を得たわけではない。なにしろ、97年の対局前に2度、カスパロフと戦い、苦汁をなめているのだ。

コンピューターチェスは、第2次世界大戦直後からその概念が構想されていた。億単位の競技人口を誇り、また「知性を競うスポーツ」であることから、技術者にとってチェスは、格好の研究材料だった。1974年には、コンピューター同士がチェスで戦う「第1回世界コンピューターチェス選手権」を開催。そして、1989年に行われた同選手権第6回大会で優勝したのが、ディープ・ブルーの前身「ディープ・ソート」である。

ディープ・ソートを生み出したのは、カーネギー・メロン大学の博士課程に在籍する学生たち。人間のチェスプレイヤーへの挑戦も行われており、選手権の前年には、グランド・マスター(GM、チェスプレイヤーに与えられる最高位の称号)であるベント・ラーセンを破っている。コンピューターがGMに初めて勝利するという、快挙となった。

このような実績から、ディープ・ソートは世界チャンピオンのカスパロフに挑戦するチャンスを得る。ラーセンとの対局時、1秒あたり75万ポジション(陣形)を分析していた計算能力は、これを機に、200万以上のポジション分析ができるまでに強化された。それにも関わらず、ディープ・ソートはカスパロフに敗れてしまう。

しかし、彼らはここで諦めることをしなかった。

カスパロフとの初対局前に、ディープ・ソート開発チームのマレイ・キャンベル、フェン=シュン・スー、A・ジョセフ・ホーン・Jr.、ジェリー・ブロディは、IBMに入社。T・J・ワトソン研究センターのチュン=ジェン・タンがプロジェクト・マネージャーとなり、ディープ・ソートの後継であるスパコン「ディープ・ブルー」開発がスタートした。

ディープ・ブルーには、ディープ・ソートを圧倒的に凌駕する性能が与えられた。まず、プロセッサー・チップはチェス専用のものを開発。その512個が平行して動く仕組みで、1秒間に1億ポジションを分析することが可能となった。また、ラーセンとの対局時には「10手先」までが読める能力だったのを、「14手先」までと、先読みする力も強化。さらに、ニューヨークに住むGM、ジョエル・ベンジャミンもアドバイザー的立場でチームに加入し(後に正式メンバーとなる)、人と機械、両方の力が組み合わされたものとなった。

しかし、これほど周到に準備されながら、96年に行われたカスパロフとの対局は、1勝3敗2引き分けで負け越してしまう。とはいえ、カスパロフから1つの白星を得たことで「コンピューターチェスが人間を超える日も近いのではないか」といった声も挙がり、勝利したカスパロフ本人も結果に満足していなかったため、再戦を要求。そこで翌97年、あらためて対局が行われることとなった。

再戦にあたって、バグの修正、1秒あたり2億ポジションの分析と、ディープ・ブルーには、さらなる改良が進められた。5月3日に行われた第1局は、カスパロフに敗れたものの、第2局は一転してディープ・ブルーが勝利、第3〜5局は引き分けとなる。そして、冒頭で述べたとおり、最終戦である第6局はカスパロフが致命的なミスを犯したことで、通算2勝1敗3引き分けに。ディープ・ブルー・チームは3度目の挑戦で、ようやくチャンピオンを下すことができた。

しかし、ディープ・ブルーはこの後、解体されてしまう。当時、「勝ち逃げを意図したのでは?」との憶測もあったが、現在では「将棋電王戦」でコンピューターが人間のプロ棋士を下すといったことも起こっている。将棋は、獲得した駒の再利用が可能で手数が多いことから、以前は「コンピューターが勝つのはチェスより難しい」とも言われていた。この点から、ディープ・ブルーが解体されなかったとしても、技術の進化によってさらなる強さを発揮していた可能性が高い。

なお、カスパロフは、コンピューターを活用して人間の対戦相手の分析を行う「IT時代のチェスプレイヤー」だった。そんな彼は、コンピューターについて「人間とコンピューターが協力するのが最善の形」と語っている。

単にコンピューターと人間の勝ち負けだけを捉えるのではなく、どのようにより良い未来を作ることができるかも、この対局から読み取ることができるのではないだろうか。

参考情報(外部サイト)

人間対機械—チェス世界チャンピオンとスーパーコンピューターの闘いの記録

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