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純文学なんか怖くない!〜柴崎友香『春の庭』

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 私が初めて純文学というものを意識したのは、高校1年の国語の教科書に載っていた安部公房の「空飛ぶ男」という短編を読んだときだ。夢を見た主人公のところに空を飛ぶ男がやってきて思わせぶりな会話を繰り広げる話(←安部公房があの世で怒り出しそうな要約です)。国語の先生から繰り出される質問の数々は、例えば「さあ、この場面での主人公はどのような心情だったと思う?」「空飛ぶ男はこの作品でどういう役割を果たしているかな?」。知らねえええーーー! このとき心に芽生えた純文学への苦手意識は、その後長らく根を張ったままだった。

 すっかり前置きが長くなったが、柴崎友香の『春の庭』である。この作品は第151回芥川賞受賞作で、まさに純文学として分類されるものだろう。しかし、もう恐れはしない。ジャンルという枠を超えて楽しめる本はいくらでもあること、「わけがわからないところに心引かれる」というテイストが存在することを知ったからだ。考えてみれば、賞の名称に冠されている芥川龍之介の作品がそもそも素晴らしいではないか! ジャンルにとらわれて身構える必要などないのだ(約30年ぶりに読み返した「空飛ぶ男」も、まさかのおもしろさだったし)。

 本書の主人公・太郎は、同じアパートに住む女が斜め裏の家に並々ならぬ関心を寄せていることに気づく。ひょんなことから、その女・西が例の家に執着する理由を聞かされる。ある日、その家の中から頭を出す西の姿を見て仰天する太郎だったが…。斜め裏の家の中(特に風呂場)が見たいとあの手この手を駆使する西。”空飛ぶ男”ほどではないが、彼女も十分にあやしい。ふだんはごく普通の一般人(職業は漫画やイラストを描く仕事)としてふるまっているのに、実は大いなる野望が…というところに何とも言えないおかしみがある。

 著者の柴崎氏について、先にエッセイの名手として知った。名著『よう知らんけど日記』(京阪神エルマガジン社)にて、「地図と巨木のことであれば、いつでも『タモリ倶楽部』に呼ばれる準備はできている」という趣旨のことを書かれている。この日記を読む限り近所をよく歩いておられるようで、作品内で日常の風景を鮮やかに切り取るセンスのよさはそういったところに由来するのかと思う。「おもしろい小説を書く作家のエッセイがおもしろいとは限らないが、おもしろいエッセイを書く作家の小説はほぼ例外なくおもしろい」というのは、もうじき半世紀に近づきつつある人生において私がたどり着いた三大真理のひとつ(ちなみにあとのふたつは、「スーパーのチラシは、カラー印刷よりも一色刷りのものの方がお買い得品が多い」「日本が生んだ三大ツンデレは海原雄山とベジータと宗方コーチ」であるが、それはまた別の話)。

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