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バラエティで露出増加中の鶴久政治 音楽活動への回帰あるか

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『有吉ゼミ』(日本テレビ系)出演で“片付けすぎ男子”としてクローズアップされたのを契機に、元チェッカーズ・鶴久政治(50)のテレビ出演が増えている。チェッカーズ時代はサイドボーカルとして活動する傍ら、『Room』『Cherie』『夜明けのブレス』『ミセスマーメイド』などシングルの作曲も担当。チェッカーズがオリジナル楽曲で勝負するようになった時期に、重要な役割を果たした。

 一方で、チェッカーズ時代には、ソロとして9枚のシングルをリリース(高橋リナとのユニット『MASARINA』名義含む)。1989年にソロ活動を開始し、『貴女次第』はオリコン4位を記録。1990年には4枚のシングルを発売していた。チェッカーズ解散後も、音楽を中心に活動するとファンの間では思われていたが、現在ではバラエティ番組出演が目立っている。テレビ局関係者が話す。

「これだけのヒット曲の作曲家であり、なおかつ超スーパーグループの一員だったのに、バラエティでこちらの要求に応えてくれる。スタッフとしては、ありがたい限りです」

 チェッカーズ解散後、鶴久は高杢禎彦の『恥ずかしきことの数々』に続き、メンバーのなかでは2番目にシングルを発売している。1993年7月7日の『あの夏の笑顔に』は、オリコン35位だった。音楽関係者が話す。

「『笑っていいとも』(フジテレビ系)のテレフォンショッキングに出演するなど、露出も多かった。それに、中野サンプラザや渋谷公会堂でコンサートをするなど集客力もあったんです。それが1994年になると、オリコン順位も以前ほどの数字は残せず、1995年にはライブ会場も狭くなっていきます。

 これには1993年10月、藤井フミヤの解散後第1弾シングル『TRUE LOVE』の発売が大きな影響を及ぼしたと思います。この曲はドラマ『あすなろ白書』(フジテレビ系)の主題歌で、200万枚を超える大ヒットを記録しました。フミヤは解散後、一時休業していたため、おそらくチェッカーズファンは鶴久の歌声に往時のチェッカーズの記憶を蘇らせていたのでしょう。

 フミヤは、1994年の夏には解散後初となるライブツアーを敢行。そのため、チェッカーズファンは鶴久からフミヤに“戻った”と推測されます。1995年には鶴久もレコード会社との契約が切れ、シングル発売が途切れます」

 その後、鶴久はお色気番組『ギルガメッシュないと』(テレビ東京系)の司会を担当するなど、バラエティ路線に転身することとなった。

「さすがに『ギルガメ』の司会は驚きましたが、今になって思えば、どんな仕事でもしてきたことが、最近のブレイクにつながっている。普通のアイドルやアーティスト出身者であれば、“片付けすぎ男子”も『イメージに合わない』などと拒否するところですからね。本人としては、これをキッカケに、本業である音楽活動も波に乗せて行きたいところでしょう」

 かつてテレビ出演した際、細木数子に「太鼓判押す。絶対ヒットする」と太鼓判を押された『雨上がりの風』以来となるCDシングル発売はあるか。


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