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皇室関係者 秋篠宮家と皇太子一家の見られ方の差を懸念する

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 終戦記念日翌日の8月16日、京王プラザホテルで催された対馬丸事件の犠牲者を追悼するための「学童疎開船を語り継ぐつどい2014」に、秋篠宮一家の姿があった。眞子内親王、佳子内親王、そして悠仁親王を伴う一家揃っての式典出席は各メディアで大きく報じられた。

 対馬丸事件とは、学童疎開船・対馬丸が1944年8月22日、沖縄から九州に疎開する学童らを乗せて航行中、米潜水艦の魚雷を受けて沈没、約1500人が死亡した出来事で、今年は70年の節目にあたる。秋篠宮家の対馬丸慰霊のつどいへの出席について皇室ジャーナリストの松崎敏弥氏はこう話す。

「陛下のお気持ちを時代を超えて継承していくという秋篠宮さまのメッセージが込められています。眞子さま、佳子さまだけでなく、まだ小さい悠仁さまをお連れしたのは、陛下が少年時代に対馬丸事件に心を痛めたのと同じ体験を悠仁さまにさせることで、“陛下の平和への思いを、私もまた子供へと受け継いでいきます”というお気持ちを示されたのでしょう」

 しかし、この秋篠宮の式典出席が、皇太子一家の静養中というタイミングと重なったことが宮内庁関係者の間で「秋篠宮家のご活動ばかりが目立ってしまうのではないか」と懸念されたという。皇室ジャーナリストの神田秀一氏はこう語る。

「秋篠宮さまは純粋に陛下を手助けしたいというお気持ちだと思います。ご高齢である陛下を支え、助けていくのは当然のこと。皇位継承者を見れば、皇太子さま、秋篠宮さま、悠仁さま、常陸宮さま、三笠宮さまの5人しかいない。常陸宮さまと三笠宮さまはご高齢で、皇太子さまは6月にポリープ手術を受けて経過観察中です。成年皇族4人のうち一番元気なのが自分だと受け止めておられると思います」

 同じ8月16日、皇太子一家は静養先の須崎御用邸で過ごしていた。

「ご静養中の1週間、愛子さまは毎日のように、朝から晩まで海水浴を楽しまれたようです。雅子さまも伊勢神宮参拝を終えられホッとされたのでしょう、晴れやかな笑顔でいらっしゃいました」(皇室担当記者)

 皇太子一家はここ数年の夏休みには約3週間の静養をとり、須崎と那須の御用邸で過ごすのが恒例となっている。

「例年、東宮ご一家は変わらない夏休みを過ごされています。今年も那須御用邸に向かわれる予定でしたが、今回は広島の土砂災害のため日程を見合わせた」(宮内庁関係者)

 そうした皇太子一家の過ごし方に疑問が投げかけられることもここ数年の“恒例”となっていた。東宮職関係者が語る。

「雅子さまの体調もあり、一家でのご公務が難しい状況の中、静養の前にはインターハイ観戦など、できる限りの公務をこなされてきた。ところが、その後に長期ご静養に入られると、静養をとるためにご公務を果たされているかのように取られてしまう」

 批判も覚悟で皇太子は静養を重んじているのだと見るのはベテラン皇室記者だ。

「皇太子さまがまず家族を大切にされるという姿勢は批判されるものではないでしょう。雅子妃がご病気になられてからの10年を振り返れば、無理して公務をされた後に症状が悪化するという繰り返しでした。ご静養の大切さは皇太子さまが一番よく理解されていると思います。終戦記念日の8月15日にはご一家で黙祷を捧げられた。皇族として大切なことをお忘れになっているわけではありません」

 前出・松崎氏はこういう。

「皇太子さまも対馬丸事件や沖縄の歴史について両陛下の思いを継いでいこうというお気持ちは強くお持ちでしょう。しかし、今年は愛子さまが中等科へ進学された節目の年で、当初は遅刻や欠席などなじまれるのにも苦労されていた。気持ちをリフレッシュさせてあげたいという思いもあったのでしょう」

※週刊ポスト2014年9月5日号


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