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甲子園で超スローボールが物議 過去大会の奇策の数々を紹介

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 台風の影響で、史上初の2日遅れの開幕となった高校野球夏の甲子園大会。序盤の話題をさらったのは、なんといっても東海大四の西嶋亮太投手だろう。熱戦の緊張感もゆる~くなりそうな超スローボールは物議を醸したが、高校野球では過去にも様々な「奇策」が繰り出されてきた。その歴史を振り返ってみよう。

 1967年の大宮と報徳学園の一戦では、「サヨナラ・ホームスチール」があった。報徳学園攻撃の9回裏、2死カウント2-2から、三塁走者が不意をついてまさかの盗塁に成功し、サヨナラ勝ちをおさめた。

 1973年には、作新学院の怪物・江川卓対策として、柳川商はバントの構えから打つ「プッシュ打法」を選手全員が実行。試合は柳川商が、1対2で敗れている。

 珍しい「延長戦での隠し球」があったのは1979年、星稜対箕島の伝説の一戦だ。14回裏にサヨナラのチャンスを迎えた箕島だが、三塁手の隠し球でアウト。試合は18回に箕島が制した。

 1984年の取手二の木内幸男監督は桑田・清原を擁するPL学園相手に一打サヨナラ負けの場面で、エースをライトに下げた。控えの投手がピンチをしのぐと次の打者から再びエースを登板させて守りきり、初優勝を飾った。

 社会的にも大きな物議を醸したのが、1992年の「5打席連続敬遠」。星稜・松井秀喜が明徳義塾戦で5打席すべて敬遠され、後に「ゴジラ伝説」のひとコマとなった。

 1995年の観音寺中央は、日大藤沢戦で「内野5人シフト」のスクイズ封じを敢行。延長11回、1死三塁、サヨナラのピンチで中堅手を投手脇に配置。しかし、同打者への四球の後、次打者のセカンドゴロの間に失点し、試合は敗れた。

 プロ野球と違って、高校野球では金属バットの使用が許可されているが、26年ぶりの木製バット安打記録が生まれたのは2004年。愛工大名電が「打球を殺しやすい」と状況に応じて木製バットを使用した。

 2012年には「ルールブックの盲点をついた1点」が話題を呼んだ。これは併殺が成立する前に走者がホームインし、守備側のアピールがなければ、得点が認められるというもの。済々黌(せいせいこう)の選手は漫画『ドカベン』でこのルールを知り、試合で見事に活用した。

 昨夏は、花巻東の千葉翔太選手が「カット打法」作戦を敢行。準決勝を前に審判にバントと見なされる規則を指摘され封印となったが、その技術の高さはプロも絶賛した。

 ──ときに高校生らしくないと批判を浴びることもある「奇策」の数々だが、監督も選手も一戦一戦が勝負。プロでも見られない勝利にこだわる「奇策」を今後も期待したい。

※週刊ポスト2014年9月5日号


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