ガジェット通信

見たことのないものを見に行こう

松方弘樹 立ち回りを1回だけで覚えた父・近衛十四郎を語る

DATE:
  • ガジェット通信を≫

 俳優・松方弘樹が、実父であり、1970年代初頭まで時代劇で活躍した俳優、近衛十四郎について語った。映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづる連載『役者は言葉でてきている』からお届けする。

 * * *

 松方弘樹の父・近衛十四郎は熱心な時代劇ファンたちから「日本一のチャンバラ役者」と現在もなお讃えられ続けている。若手時代、松方は『柳生武芸帳』シリーズなどの近衛主演の東映時代劇で数多く共演してきた。

「父親は立ち回りは一回で覚えるんですよ。僕が十回も二十回もやっている間、『ワシは疲れるから、やらんぞ』と椅子に座っているだけでね。

 それで本テス(本番前最後のテスト)になると、『一、二、三、四手は早く行くぞ。四手と五手目で間を入れるぞ。六、七、八、九、十、十一、十二は早いぞ。十二と十三は間があるぞ』って言いながら二十手ぐらいの手を一回で覚えるんですよね。僕も覚えるのは早い方ですが、何で覚えられるのってくらい父親は早かったですね」

 近衛は刀を斬り上げる時に右手を返す型が特徴的だが、それは松方も受け継いでいる。

「その方がただ斬るだけよりイイんですよ。斬った後で手首を返す方が、刀の先が動きますからね。刀っていうのは手首に力が入ったら先が動かないんです。今の俳優さんは手首が硬いまま刀を振りまわしている。そうすると、刀は走りません。ゴルフも手に力を入れたら飛ばないでしょう。それと同じですよ。

 立ち回りは自分でかなり研究しました。たとえば、(大川)橋蔵さんは斬る時に内股になる。その方が袴を穿いていない着流しでの立ち回りの時に綺麗なんですよ。裾が乱れないんです。

 そういうのは見ていれば分かることですが、基礎がなかったら見ても分かりませんよ」

 松方弘樹は七十歳を超えた今でも、時代劇の立ち回りで見事な刀さばきをみせている。それは、若手時代に東映京都撮影所で鍛え抜かれたのが大きい。

「立ち回りは昼休み、夕方休みに飯を二十分で食べたら東映剣会(※殺陣師と立ち回りの斬られ役が所属する東映京都の技術集団)の方が五、六人待っていてくれて、一緒に立ち回りの稽古をしてくれました。ありがたい時代に業界に入ったと思います。今はもう、いきなり現場で『やれ』って言われますからね。

 最初の頃は『サウスポー剣法』っていうのをやっていました。僕は左利きなんで、右手で立ち回りができなかったんです。それで毎日、右手で稽古をしていました。『霧丸霧がくれ』なんていう映画を観てくれたら分かりますけど、全部左利きで斬っています。その代わり、今は二刀流は楽にできるんですよ。

 当時の殺陣師は足立伶二郎という一人しかいなくて、その人が十四班全てを回っているから、そんなに細々とつけてくれないんです。だから、自分たちで考えるしかなかった。

 オールスター映画ではスターさんが十人くらい出ていて、僕は末席のペーペーだから自分で手をつけないといけなくて。たとえば、御大(※片岡千恵蔵・市川右太衛門)がカメラ前で僕がバックにいるとします。御大は早くて僕は遅いから、御大が十手やったら僕は六手くらいで合うんですよ。

 そういう時は剣会の人たちと一緒に、自分たちで手をつける。そういうシステムでした」

●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』(PHP新書)、『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(文芸春秋刊)ほか。

※週刊ポスト2014年8月15・22日号


(NEWSポストセブン)記事関連リンク
伊吹吾郎 「脇役が話を動かす。だから脇役の方が面白い」
『水戸黄門』杖の材料 史実ではアカザだが折れやすく竹製に
松方弘樹 中村錦之助が大好きで「若い頃はマネて芝居した」

NEWSポストセブンの記事一覧をみる ▶
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。

TOP