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食の大切さを噛みしめる『初恋料理教室』

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食の大切さを噛みしめる『初恋料理教室』

 昔から「衣食住」という言葉の並びは変ではないかとずっと思っていた。だって、この三つの並びでは食の重要度が抜きん出てやしないか? もちろん、着るものも住むところも大事ではあるけれど、食べなければ命にかかわるのだから。

 さて、題名からも明らかなように本書の舞台は料理教室である。それも男子限定の。京都・祇園の長屋にある「小石原愛子の料理教室」の毎週土曜夜のクラスには、これまで台所仕事をしたことがないような四人の料理初心者が集う。すなわち、設計事務所勤務で女性には奥手な智久、自分の店を持ちたいと夢見ているフランス人パティシエのヴィンセント、料理教室には常に女装して現れるミキ、妻の勧めで教室に通うようになった佐伯の四人が、四つの短編それぞれの主人公となっている。

 いずれの物語にも心温まる中にほんの少し苦みがあって、京料理の繊細な味わいに通じるものがある。人と人とのつながりが食を通して構築あるいは再生されていく様子が描かれておもしろく読めるものばかりだが、特に印象的だったのは第四話の佐伯と妻・歌子の話。「離婚した後に夫が困らないように、料理教室に行けと奥さんは言ったのではないか」というミキの言葉に少々うろたえる佐伯。さりげなく歌子の様子をうかがう佐伯だったが、思わぬことが起こり…。

 本書を読み終えて改めて感じるのは、料理を作ること・食べることの大切さである(やはり「食>>>>>住>>衣」くらいの感触)。相手に喜んでもらおうと料理を作り、相手に感謝して料理を食べる。個人的には家族五人の食事を用意する毎日はときに面倒で放り出したくなることもあるのだが、うれしそうにたいらげていく夫と息子たちがいる幸せをかみしめなければと素直に反省させられた(しかしながら、夫や息子たちがほとんど料理しない・できないことについては、私も歌子と同様の失敗をしている。愛子先生の料理教室に通わせることができればチャラになるんだけどなあ)。

 そうそう、真の主役・愛子先生の魅力もこの本の読みどころ。終章では先生自らが語り手となって、「地主のお嬢さんがいかにして料理教室を開くこととなったか」が綴られていく。表紙に描かれた着物姿のかわいらしい娘さんの絵は、その若かりし頃の先生だと思われる。藤野恵美氏は主にジュニア小説のジャンルで活躍されてきたが、一般の読者には『ハルさん』(創元推理文庫)の著者としてご記憶の方も多いだろう。ちょっとミステリアスな愛子先生の来し方が明らかになるくだりなど、ミステリー作家としての実力も垣間見られる。

 巻末には作品中で登場人物たちが作った料理のレシピも載っているという、うれしいおまけ付き。先生の人柄のように、気取らずしかし細やかで温かみのある料理ばかり。あわせてお楽しみあれ!

(松井ゆかり)



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