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【著者に訊け】荻原浩氏 縄文時代小説『二千七百の夏と冬』

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【著者に訊け】荻原浩氏/『二千七百の夏と冬』/双葉社/上下、各1300円+税

「ずっと縄文時代を書いてみたかった」という荻原浩氏の最新長編『二千七百の夏と冬』は、おそらく本邦初の、本格縄文時代小説だ。

「おそらく、ですけどね。僕も探したところ、青森の三内丸山遺跡に地元の方が書かれた子供向けの絵本があったくらい。中身はもちろん、見てません!(笑い)」

 端緒は2011年夏。とある地方支局の新聞記者〈佐藤香椰(かや)〉がダムの建設現場から発見された1体の人骨を見下ろすシーンから物語は始まる。地元国立大の准教授〈松野〉によれば年齢は16、17歳の少年で、通過儀礼として〈抜歯〉をした痕があることなどから、縄文晩期の人骨と推定された。

 問題は左手に握られた〈プラント・オパール〉だ。イネ科の珪酸体が縄文期の人骨と発掘された例は過去になく、松野は水耕稲作の開始=弥生期とする従来の説が覆る可能性も匂わせた。

 少年はなぜ稲の苗を握り、そこで命を落としたのか。2700年の時を遡る壮大なドラマが今、幕を開く。

「江戸、戦国以前にも歴史はあるし、これほどサスペンスフルな縄文時代をなぜか誰も書かない。以前、時代小説を依頼された時も言ったんです、『縄文時代なら書きます』って(笑い)。

 でもいざ書いたら現代物の1.5倍は大変でしたね。ファンタジーにはしたくなかったので、言葉一つにも縛りを設け、動植物も当時の日本列島に実在したものだけを書く。香椰も言うように人間の寿命が仮に90年なら、縄文人の〈ウルク〉が30回生き返るだけで現代人になる。彼らと僕らでは何が違って何が同じなのか、僕自身、確かめたくて」

 今でいう本州のどこか、谷間の村を意味する〈ピナイ〉が縄文パートの舞台だ。男は狩り、女は森の木の実等を採って暮らし、獲物は主に〈イー〉や〈カァー〉!? ただそれも各々の生態描写や松野の解説で猪、鹿と、読みながらにわかる。

 まだ歯抜きも済んでいない〈縞背中(ちびすけ)〉のウルクは、母と幼い弟の3人暮らし。ピナイでは長〈カンジェ・ツチイ〉の下、働きに応じて獲物を分ける決まりだが、男女が茂みで耽(ふけ)る〈オチュコチョ〉も知らない半人前の分け前は少ない。いつか大物を仕留めて〈クムゥ〉にまつわる父の汚名を雪ぎ、幼馴染〈パナ〉を娶(めと)るべく、彼は今日も弓の腕を磨く。

 年に一度訪れる〈魚喰い〉と山と海の幸を交換するのが人々の楽しみ。また山の神を敬い、弱者も皆で支える共同体の姿は実に新鮮だ。

「障碍をもって寿命を全うした骨などから、獲物には残酷でも人間同士は交易もし、支え合った姿が見て取れる。一方、長が判断を誤ると社会全体が危機に陥るのは、今と同じです」

 そこにもたらされたのが〈コーミー〉の噂だ。種を蒔くだけで多くの実が成り、大層旨いという。が、種の入手に逸る一派を呪術師の〈ユネングム〉は諭した。

〈コーミーは、神の実などではない。諍いの種だ。何もなさずとも、手に入れられるものがある、そんな誤った考えを植えつける種だ〉

 やがてある掟破りの罪でピナイを追われたウルクは、一路南をめざす。皆が欲しがるコーミーを手に入れ、以前森で見たクムゥに似た〈陽の色の獣〉を仕留めるために。長い旅が始まった。

 さて縄文と弥生の過渡期は、社会や人々の在り方が激変する過渡期でもあった。最大の変化は、人が人に武器を向けるようになったこと。ウルクが赤い獣との激闘の末に目や躰のやけに細い女〈カヒィ〉に助けられ、保護された〈フジミクニ〉では、〈タァ〉と呼ばれる四角い池が整然と並び、〈ワウ〉が管理するコメという草を民がタァに植えた。高い塀と〈戦士(シェンシ)〉に守られた居所でワウは専ら〈祀り事〉をしているといい、〈コメ、育てる、すごく広い土いる。まだ足りない〉とカヒィはなぜか物憂げだ。

「縄文から弥生に、ある日突然切り替わるわけもなく、見る物全てに驚くウルクの知的興奮は、今の読者にも共有してもらえると思う。

 一方で人が人を支配する権力構造や奪い、奪われる関係の成立も、僕らは同時に見ることになる。タァが足りなくなれば他から奪う他なく、自分たちの財産もいつ奪われるかわからない不安や恐怖が〈イクサ〉を生んだ。人骨に殺傷痕が多く見つかるのは弥生以降で、僕も狩猟民族は凶暴で農耕民族は温和だと思っていたんですが、むしろ逆でした」

〈毛人(ケビト)〉と呼ばれるウルクとカヒィたち〈海渡り〉は言葉や姿形も確かに違う。

「でも両方、日本人の祖先なんですね。未知のものに対する恐怖から他国を見下し、ネトウヨ的言動に走る人々と、残念ながらそこは何も変わっていません」

 だから荻原氏は恋を描く。実は発掘現場ではもう1体、渡来系の弥生人と見られる少女の人骨が、隣の少年に手を伸ばす形で発見されていた。香椰は思う。〈歴史は恋がつくっているのだ〉と。

「実は縄文小説を書こうと思った時、最初に浮かんだのがこの2体の人骨が並ぶシーンでした。この物語の前にも後にも歴史は続く。恋もすれば戦もする人間としてこの先をどう生きたいか、考えるのは僕らです」

 スリリングな陽の色の獣との格闘シーンや〈鳥の巣に卵(たぶん)〉〈冬穴の中のムジナ(とてものんき)〉等々、縄文人の頭の中を覗くような造語(!)も出色だが、非力な人間が知恵を絞り、何百、何千の夏や冬を生き延びてきた足元に立ち返る時、覚えるのは自信と畏れだ。未知への恐怖に徒(いたずら)に戦(おのの)くことなく、この先も綿々と生を繋ぐこと。おそらくそのために、本書はある。

【著者プロフィール】荻原浩(おぎわら・ひろし):1956年埼玉県生まれ。成城大学卒。広告会社を経てコピーライターとして独立。1997年『オロロ畑でつかまえて』で第10回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2005年『明日の記憶』で第18回山本周五郎賞を受賞。著書は他に『ハードボイルド・エッグ』『誘拐ラプソディー』『さよならバースディ』『あの日にドライブ』『四度目の氷河期』『愛しの座敷わらし』『砂の王国』『家族写真』等。映画化作品も多数。164cm、58kg、A型。

(構成/橋本紀子)

※週刊ポスト2014年7月25日・8月1日号

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