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笹倉慎介 with 森は生きている、本人執筆よる特別コメントを公開&レコ発公演も開決定催

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現代シーンにおいて常に至高の「うた」を紡いできたシンガーソングライター笹倉慎介と、今最も動向が注目される存在となった「純音楽楽団」森は生きているによる大注目のコラボレーション7inchアナログシングル「抱きしめたい」のリリースを7月16日に控え、笹倉慎介と、森は生きているの増村和彦双方の執筆による特別コメントを公開した。

双方アーティストが出会いうまでと、今回のコラボレーションついての想いを綴った、必読の文章。

また、注目のジャケット写真も公開。笹倉慎介自身の筆によるみずみずしい油絵作品を使用した図案となる。

2008年の初夏頃、淡い時は薄れ、学生という響きに諦念を隠した大学4年次に笹倉氏に出会った。「ロッキンチェア・ガール」の発売直後だった。
片田舎の小さな街の小さな部屋に出鱈目のアイデンティティを詰め込んだ高校時代、スピーカーから真理が鳴るような気がして、音楽に狂い貪るように聴き、とりわけアイデンティティと臆病な真理がリンクした気になれた、はっぴいえんどや村八分など日本語ロックに影響を受けた。卒業してやることは決まった。

大学入学を口実に意気揚々と東京に来たものの、日本語ロックという言葉すらも聞こえないまま時間が経ち、またその時間の中で田舎では出会えなかった様々なものに触れた。笹倉氏に出会った時期は、大学卒業を控え当初の目的から新しいことに意識が向かう〈分岐点〉だった。そんな時に、当初の目標を少し先輩くらいの人にやられてしまった気がして凹んだものだが、新しいことへ向かう意志があったし、猫の額ほどだった視野は凡人の額くらいにはなっていたので、悔しい気持ち程々にCDを買いライブにも足を運んだ。それは言うまでもなく笹倉氏の音楽に、淡い時間と日本語ロックに留まらない広い視野との両方を感じたからだった。

大学卒業後は専ら打楽器修業。日本、南米の巨匠のローディーをしながら全国を廻ったし、呼ばれるところすべてに出向き演奏をした。どうしてもスタートから始めないと気が済まない性格で、リズムの成り立ちから現在の形までを自分に内包したくて、日々コンプレックスを埋める作業だった。コンプレックスが猫の額程になった時急に日本語ロックを思い出し、同じタイミングで岡田に出会ったことは偶然ではなかったのかもしれない。それもまた〈分岐点〉だった。

森は生きているが始まって凡そ一年半後の2013年12月に、対バンという形で笹倉氏に再会できたことは不思議な気持ちがしたし、素直に嬉しかった。セッションの話が出たので、これまでの時間の中で無作法に散らばった視野と最も合致した「抱きしめたい」を提案した。”今ならできる”かなと。今回の7インチ発売まで話が進み、リラックスした環境と心持ちで録音できたことは、自分の中では今までの様々な時間を内包しているような気がして強く記憶に残ると思う。
B面収録の「風にあわせて」は、逆に笹倉氏が森は生きているを聴いて時間を巻き戻し再発掘したものではないかと、初めてデモを聴いた時に感じた。録音は最近行われた訳で、つまり音には時間の往復が内包されている。

今が何の〈分岐点〉なのか今はわからないし、そうではないのかもしれないけど、遠い時間が今を通して鳴っている興味深い作品になったと思う。

― 増村和彦 森は生きている

10年くらい前のノートを引っ張りだした。
今では、その頃のようにノートにかじりついたまま夜を明かす事は少なくなった。生活の足音がきこえて、朝の光の清々しさに喪失感を感じていた時代を思い出している。

僕はその頃も今も、ずっとバンドに憧れがある。そして20代にそれが出来なかった事を未だに引きずっている。それはもう憧れのままで、叶わなかった夢のまま一生恋をしつづけるのだろう。例えば、旧友との会話の中で不意に見ることのできた、ある日の教室。決して思い出される事の無かったであろう、光の時間。森は生きているとのセッションは、そんな記憶の扉に手をかけるようにして始まった。

A面となった「抱きしめたい」のセッションの提案を受けた時は驚いた。それは過去にCD-Rで発表していた2008年の楽曲。もう何年も歌う事はなかったし、もしかしたら二度と演奏しないかもしれなかった。
B面の「風にあわせて」は2003年頃の楽曲。B面は当初カバーをしようという予定だったのだが、録音を間近に控えたある日、ふとこの楽曲のメロディーがよぎった。心のタイマーが彼らとリンクしたかのようで嬉しかった。

僕は彼らと同い年くらいの頃、未熟さゆえに思い通りに音楽が出来ていなかった。バンドも失っていた。社会の仕組みの中で、自分では決して取り戻せないものを沢山失って、失い続けて、ちょっとした時代を駆け抜けた。何を失ったのかも、もうよく分からなくなっていた。そして今、彼らはあの頃の僕と同じくらいの年頃で、僕の目の前に現れてくれた。すこし時間がかかってしまったけれど、僕はようやくあの頃の思いに追いついたような気がしている。彼らは何を思うのだろう。

懐古的になる事を音楽は許してくれる。今を生きることから少し開放されて、昔話をしたくなった。好きな女の子がどんな子だったのか、ちょっと思い出してみたりする。不思議と今が見えてくる。そして未来を感じる。

レコード盤のトラックを駆け抜ける音には、彼らと、彼らが取り戻してくれた僕がいる。

森は生きている、ありがとう。

― 笹倉慎介

関連リンク

■笹倉慎介 オフィシャルサイトhttp://guzuri.com/
■森は生きている オフィシャルサイトhttp://www.moriwaikiteiru.com/

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