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「憲法」はなぜあいまいなのか?

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●[対談]乙武洋匡×木村草太「憲法を考える」(1)

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今まさに議論まっただ中にある改憲問題。でも、日本国憲法については誰もが小学校時代に学んでいるはずなのに、今一つその本質が理解しにくいように思える。そこで今回は気鋭の憲法学者・木村草太氏を招き、憲法に関する素朴な疑問をぶつけてみた。木村氏が語る憲法の面白さとは?

乙武洋匡: 憲法改正やその解釈についての議論が注目されていますが、この問題って、僕らが子供の頃から続いていますよね。言い換えれば、長年まったく進展していない印象を受けるのですが…。

木村草太: そうですね。憲法は解釈の仕方によって見方が変わるので、やむを得ないところもありますが。

乙武: そもそも「憲法」と「法律」の違いも明確に説明できない人が多いと思うんです。

木村: 憲法も法律の一種ですが、“国”という団体の最上位の管理規約であることに特徴があります。ドイツ語では団体規約を意味する「定款」と「憲法」は同じ単語です。どんな団体でも、最高位の定款に基づいて下位のルールが作られますよね。国の場合は、最高位の憲法にもとづき、下位のルールである法律が定められることになります。

乙武: 憲法の「憲」の字にはどんな意味があるんでしょう?

木村: 「憲」の字には“重要”という意味があって、個人の人権や権力分立など、国家を作るうえでとくに重要な基本原理を定めています。これはバランスが非常に大切で、国家に権力を認め過ぎても、個人に権利を認め過ぎてもいけない。なので、原則を定めるのみで、曖昧(あいまい)な表現になってしまう面もあるんです。

乙武: そのせいでしょうか。僕らがニュースなどで憲法論議に触れるときというのは、「国に従え」もしくは「個人の権利を認めよ」みたいな、どちらかに振りきれた主張ばかりですよね。

木村: そうですね。憲法解釈は、どちらにも寄り過ぎない絶妙なさじ加減が大切で、そこが法律家の腕の見せどころであり、学問的な面白さだと思います。それから、憲法は解釈の仕方次第で、個人が国家権力をギャフンと言わせる手段になり得るのも醍醐味です。

乙武: ほう、それはどういう意味でしょう?

木村: 裁判は、巨大な国家と小さな個人が対等に法的な権利を主張して争うものです。憲法は解釈の幅が広い分、新しい解釈を導き出せる可能性があって、慣例をひっくり返すことも可能なんです。これは将棋の指し手を考える感覚に近いかもしれません。最近の例では、君が代不起立問題で個人が戦っていますね。

乙武: 起立して国歌を歌うのが公務員の義務であるとして、不起立の教職員を罰する学校側に対し、「憲法は思想や良心の自由を認めているはずだ」と教員側は主張しています。平行線をたどるこの議論に、どういう憲法解釈を加えて決着を試みるのか。なるほど、憲法を学ぶ面白さがわかってきました。

(構成:友清 哲)

【今回の対談相手】
木村草太さん
1980年生まれ。東京大学法学部卒。同大学助手を経て、首都大学東京准教授。著書に『平等なき平等条項論』『憲法の急所』『キヨミズ准教授の法学入門』『憲法の創造力』『テレビが伝えない憲法の話』など。

(R25編集部)

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※コラムの内容は、フリーマガジンR25およびweb R25から一部抜粋したものです
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