芥川賞『穴』を生んだ独特な小説手法

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芥川賞『穴』を生んだ独特な小説手法
 出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
 第56回目の今回は、「穴」(『穴』に収録、新潮社/刊)で第150回芥川賞を受賞した小山田浩子さんです。
 「穴」には、田舎に移り住んできた主婦「あさひ」の前に時折現れる、日常の中の「異界」が描かれています。善良な人々と、普通の風景、だけど何かがおかしい!?
 この違和感の虜になったら、もう引き返すことはできません。
 各方面から絶賛を集めるこの作品の原点はどんなところにあるのか。授賞式翌日の小山田さんにお話を伺いました。今回は第二回。小山田さんの独特な小説の書き方について語っていただきました。

■“穴”と“獣”でバラバラの断片がまとまった
―執筆中に行き詰まるというか、困ってしまったところはありましたか?

小山田:それはいつも困っていて……自分の小説を書く方法というのが、断片的なシーンをたくさん書き溜めて、それを最後に順番を入れ替えたり、削ったりしてまとめるというものなんですけど、まずは物語の順番とは関係なく、思いつくままに色々なシーンを書いていくんです。

―それはかなり独特な書き方ですね。

小山田:私はずっとこのやり方でやっていて、今のところ他のやり方ではできないんです。
これまでの作品はいずれも一人称小説だったので、とりあえず「私」だけがいて、その年齢と性別くらいしか決めません。登場人物も適宜出てきたりいなくなったりする。
そんな書き方ですから、まとめる作業がいつも辛いんです。
「穴」もそうで、途中まではどうにもこうにも……全然一つの物語として繋がらなくて困り果てていました。でも、“穴”と“獣”が急に出てきて、それによってバラバラだったそれぞれの断片がまとまっていきました。それが出てくるまでが苦しかったです。

―小説を書き始めた時から自然にやっていた書き方なんですか?

小山田:私は「工場」という作品でデビューしたのですが、書いていた時は一つの長い作品を作ろうということではなくて、いつか小説を書く練習になれば、という気持ちで、それぞれに独立した断片をたくさん作っていました。
それがある程度溜まった時に、なんとなく全体に通底するテーマがあったので一つの作品にしたのですが、それがデビュー作になったこともあって、この方法を自己反復しているところがあります。

―すごく即興性が高い方法ですよね。

小山田:プロットを立てて書いた方がいいと言われて、実際にやろうと思ったこともあるんですけど、できなかったんです。今「即興」とおっしゃっていただきましたが、すごくぴったりくる言葉だと思いました。
自分が考えていることなんてたかが知れています。でも、書いた断片を繋ぎ合せる過程でそれこそ即興的にいろんな物事が出てきた方が、自分の能力以上のものが書けるのではないかと思っています。効率の悪いやり方なのですが(笑)。

―「穴」は、序盤からかすかな違和感を持ったり、気味の悪さを感じるところがあり、読み進めるそれがどんどん大きくなって、目が離せなくなってしまいました。特に「お金の計算が合わない」シーンは印象的です。

小山田:ありがとうございます。ああいうことって意外とありそうなことだし、気持ち悪いですよね。
登場人物を見てみても、みんな悪気のない普通の人なんですけど、それぞれどこか気持ちが悪かったりします。

―主人公のお義兄さんもそうですね。

小山田:こちらの話をまったく聞かずにしゃべりたいだけしゃべる人って意外といますからね。こちらが問いかけているのに答えずにまたしゃべりたいことをしゃべり続けるという(笑)。

―小山田さんの作品は、「日常のすぐ近くにある“異界”が描かれている」ということがよく言われます。しかし、物語の中の“異界”的な描写だけでなく、そうでない日常生活の描写もすばらしかったです。一人称の小説ということで、主人公の主婦「あさひ」の視点で物語が進みますが、この視点は小山田さんのものとも重なるのでしょうか。

小山田:そうですね。ただ、普段の生活の中で見ているものとか、やっていることでも、「書く」という行動を通すと、とても変なことに感じられることが多いんです。いつもやっていることを書いているだけなのに、それを後で読み返すと「こんな変なことをしているつもりはないんだけどな」と思うことがよくあります。
日常的なシーンであっても、文字に起こすと密度が違ってくるということは、作品全体を通してあるのかなと思います。

―こういう不思議な短編を書かれる作家さんが、長編を書くとどんな作品になるのかというのは注目されるところです。今後どんな作品を書いていきたいとお考えですか?

小山田:いつかもう少し長い作品を書いてみたい気持ちはあるのですが、さっき申し上げたような断片を書きためる方法で長編を書くとなると、いくつ断片を書けばいいのだろうと(笑)。それを自分で御せるかという問題があります。
だから、近いうちにというのは難しいと思いますが、この先力をつけていけたら挑戦したいですね。

最終回 いつかは妊娠・出産も小説に につづく



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