ガジェット通信

見たことのないものを見に行こう

ロングインタビュー「森内俊之」

DATE:
  • ガジェット通信を≫

“急所”を即座に見分ける感覚を

【画像や図表を見る】

スーツに、黒々とした髪、意志の強そうな口元。

目も話しぶりも柔和。一見、理学部の先生のよう。

だが竜王・名人。将棋界“最強”のひとりだ。

棋士の日々の営みは、対局相手の戦法を分析したり、

歴代の棋譜を解析したり、詰将棋を解いたり…。

“研究者”には違いない。だが、勝負師でもある。

その哲学と、(意外な)勝負への姿勢を聞いた。

気配り満点で謙虚。
棋界最強の男

「夢のような一発逆転はないが、逆はありうる」

「大切なのは1回目のミスを許容する余裕」

「すべての将棋に勝つことができない。ならば、負けをいかに有効に活用しそこから何を学ぶか」

含蓄ありまくりではないでしょうか。『覆す力』という新書には、こんな言葉が随所に現れる。30年以上の将棋人生において、数々の勝負のなかから身につけた哲学だ。書いたのは棋士の森内俊之。将棋の竜王位・名人位の二冠である。

プロ棋士約150人と、奨励会員1人・女流棋士4人・アマチュア棋士5人が参加するトーナメント戦で勝ち残った1人が挑戦できるのが竜王位。棋士の世界には順位戦と呼ばれるピラミッド型のリーグ戦もあるが、竜王戦はアマチュアも含めて世界中の人にチャンスのある、“今ガチで一番強いのは誰か”を決める戦いでもある。昨年、竜王戦9連覇を続けてきた渡辺 明を破り、タイトルを奪取した。名人位については、昨年、羽生善治を破って3連覇中。この4月にまた羽生を挑戦者とした防衛戦が始まる。

プロ将棋界には7つのタイトルがあるが、それらを森内と羽生、渡辺の3人がわけあっているのが現状(14年2月27日現在)。

将棋を知る人には完全に蛇足であろう。ともあれ森内俊之、そんなすごい棋士なのだ。だから、冒頭のような言葉にリアリティがある。だが、語り口はあまりに謙虚。

「自分の中では謙虚なつもりはないんですけどね(笑)。そもそも上からモノを言うのがあまり得意じゃないんです。今回書いた本は“ここに書いてもいいのかな?”っていうようなことまでつい書いてしまったところもあって。自分のことはもちろん、周りの方に嫌な思いをさせないように、気を遣ったつもりではいるんですけど…」

偉ぶらないだけでなく強がらない。本の中では、“強い相手に挑む時は普段以上の力が出せるが、自分が有利ではないかという自覚を持つと途端に安定しなくなる”なんて正直に書き、竜王位挑戦者を決める決勝トーナメントで谷川浩司、羽生善治を撃破したときには“そろそろ負けるころかも”と弱気をのぞかせたりする。

「“今日は苦しいかな”と思いながら対局場に向かうこともありますし、指していて“ちょっとこの局面まずいな”と思う瞬間もあります。どんな対局でもともかく一手一手を精一杯考えるだけなんです。それでたまたま勝つときもあれば、負けるときもある」

驚いたことに“勝ちたい!”とはあまり思わないのだという。

「対局は日常ですし、結果を残すためにベストを尽くしますけど、始まってしまえばあまり結果は考えません。対局中、“これはいけるかな”という有利な状況になると、勝ちたい欲がでてくることもありますが、拮抗しているときにはあまりそういうことは思わないですね」

何を考えているかというと…。「“今、自分がどういうふうにするべきか”ということが大半です。非常に強い相手と戦ったり、興味深い局面が続いていくと、どんどんそこに没頭していくんです。私の場合は正直、勝敗よりも理論を追求していくところに興味があるんです。自分が正しいと思う方法を選んでいって、その結果が勝ちにつながるのがベストだと思っています」

プロの棋士とは何か。
環境に育まれた実力

プロの棋士を目指す者は厳しい試験をクリアして、新進棋士奨励会という養成機関に入り、多くの場合6級からスタートする。規定の年齢までに基準の段位に到達できなければ退会になる。四段昇段=プロ入りなのだが、これも26歳までに果たさなければ、退会。

森内俊之は小学6年生のとき奨励会に合格。羽生善治は同い年の同期。羽生は15歳で四段に昇段したが、森内の昇段は1年半後だった。

「棋士と奨励会員のポジションの違いは圧倒的なんですよ。プロの対局のときには奨励会員が記録を取ってお茶をいれます。つまり、棋士=お茶を飲む人、奨励会員=お茶をいれる人なんです。たとえ同い年でも、立場はまったく違う。それを子どものころから身にしみて知ってます」

そして、プロになってしまえば、親子以上に歳の離れた先輩とも普通に戦うことになる。森内も18歳のとき、当時、65歳で日本将棋連盟会長だった大山康晴と対戦している。ベタなたとえをすれば、新人が社長と対等の立場でプレゼンをするようなものだ。吐きそうになりませんでしたか、と尋ねると「そんなことはなかったけど、やりにくかったですよ」と笑う。物腰柔らかいなかに、絶対図太さがある。

「将棋の世界は段位や保持しているタイトルで序列が決まるんですが、順位戦のクラスを上がっていかないことには一流棋士と認められないんですね。順位戦は1年かけて行うリーグ戦で、上位2~3名が上のクラスに昇級します。リーグ内の順位(前年度の成績で決まります)が悪いと同じ成績でも昇級できないので、ひとつの負けが重いんです。ひいてはひとつのミスが命取りになってしまう。トーナメント戦とは違う緊張感が1年間続きます。私はもともと“一番志向”の薄い人間なんです。二番手三番手の方が居心地が良くて(笑)」

上を目指すモチベーションとして大きかったのは羽生善治の存在。96年、初めて名人戦に挑んだとき、相手の羽生は棋界初の七冠王だった。それまで感じたことのない強さを目の当たりにして衝撃を受けた。森内は人生の様々な局面で幾度か羽生と対決してきた。詳しくは『覆す力』をお読みいただくとして…。

「羽生さんがいなければもっとハードルを低くしていたと思います。自分は自ら道を切り開くようなタイプではないので、“周りと同じでいいや”って、ぼちぼちやってたんじゃないでしょうか。私にとって、環境はとても大きかったかと思います」

07年、森内は通算5期名人を務め永世名人の資格を得た。羽生よりも1年先のことである。

現在、43歳。竜王・名人。今年度を通じての調子は良いという。昔ほど、ガツンと痛い目にあって、自身のあり方を修正する機会はなくなった。だが一方で、記憶力や体力、集中力の減退を自覚している。身体的能力をベースにした棋士としてのスキルは、30代半ばを境に落ちていくと、森内は考えている。

「それらをなるべく必要としない戦い方にシフトしていくんでしょうね。あまり考えなくても正しい手がわかる状態が理想です」

棋士の日常の営みは、過去の棋譜を解析したり、詰将棋を解いたり、対局相手の出方を分析したり。

「データも重要ですが、盤面を見たときに“ここが急所だ!”と即座に見分けて対応できる目を養いたいですね。大先輩たちも、そういう感覚に優れた方が晩年まで活躍されましたので、自分も磨いていくしかないと思います」

ではいかにして磨くのか。

「うーん、どうしたらいいんでしょうね(笑)。“いいもの”を見続けることで真贋が分かるようになる骨董の“目利き”のように、家での研究だけでなく、いい将棋に数多く触れることが大事なのかもしれません」

将棋に詳しい者によると、森内竜王・名人なら、ごく普通に50手60手先を見通せるという。ふと思った。それは、人生においても?

「考えるときもありますが、現実はどう進むかわかりません。とくに人がどう動くかはまったく不透明ですよね。いくら考えても状況によって先行きはグッと変わります。だから、今後の人生についてなんとなくのイメージは持っているんですが、あまり先のことを具体的に考えても仕方がないと思っています。具体的なことはその都度その都度、微調整していく。将棋でも同じです。いかに先が読めても、相手が予想通りに来ることなんて、まずないですから」

サインに添える言葉は「夢」だ。森内さん自身の夢は? と尋ねると「やるべきことはありますが、夢はとくにないです」と微笑んだ。

とても“らしい”答えかもしれない。

プロフィール
「森内俊之」もりうち・としゆき

1970年、東京都調布市生まれ。勝浦修九段に師事し、82年奨励会入り。同期に羽生善治、佐藤康光、郷田真隆ら。87年、四段に昇段を果たす。88~89年度、早指し新鋭戦で2連覇。88年度の将棋大賞で新人賞を獲得するなど、プロ入り後、目覚ましい活躍を見せる。初タイトルは02年の名人位。07年には通算5期の名人位を獲得し、十八世永世名人の資格を得た。現在、竜王・名人。

(R25編集部)

ロングインタビュー「森内俊之」はコチラ

※コラムの内容は、フリーマガジンR25およびweb R25から一部抜粋したものです
※一部のコラムを除き、web R25では図・表・写真付きのコラムを掲載しております

(web R25)記事関連リンク
ロングインタビュー「野村萬斎」
ロングインタビュー「伊藤一朗」
ロングインタビュー「妻夫木 聡」
ロングインタビュー「木梨憲武」
ロングインタビュー「三浦知良」

カテゴリー : 未分類 タグ :
R25の記事一覧をみる ▶
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。

TOP