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藤沢烈「被災地の復興は、これからが本当の勝負なんです」

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東日本大震災発生からはや3年。今なお多くの人が故郷に戻れず、仮設住宅暮らしを強いられているのが現状だ。4年目に差し掛かる今、被災地はどんな課題を抱えているのか? 今回は復興事業の立案や調整を行う復興コーディネイター集団「RCF復興支援チーム」を率い、被災地の最前線で支援に取り組んでいる藤沢烈氏をお迎えした。

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乙武: もともと経営コンサルタントをやっていた藤沢さんが、それまでの仕事をなげうって復興支援に取り組まれました。これは一大決心だったと思いますが、躊躇はなかったのでしょうか?

藤沢:働き盛りの30代だったからこそ、あの震災に対して何もしないという選択肢は考えられなかったですね。でも、最初は3カ月程度のボランティアのつもりだったんです。気づいたら3年も経ってしまいましたが(笑)。

乙武: 藤沢さんが初めて被災地入りしたのは?

藤沢: 震災から10日後の、3月21日ですね。あまりの惨状に言葉を失いましたし、“これは人の力でどうにかできる状態ではないな”と感じたものです。

乙武: 被災地のために力になりたいと考えた人は大勢いると思います。でも、支援するにも資金や何らかのノウハウが必要で、動きたくてもどう動いていいかわからない人がほとんど。藤沢さんはまず、どのような方法で支援に取り組もうと考えたのですか?

藤沢: 今回の災害は非常に広範囲にわたっていたため、各避難所に情報がきちんと行き届いていませんでした。そこで、自分が役に立てるのは“情報の整理”だろうと考えました。被災各地の情報をリサーチして伝えたり、支援を申し出る企業に対しての窓口を務めたり。そして3年経った現在、メインで取り組んでいることのひとつがコミュニティ支援です。

乙武: コミュニティの復興といえば、よく「数百年後にまた災害が起こる可能性が高いのに、同じ場所で復興する必要があるのか」という議論を耳にします。実は僕も当初は同じ疑問を感じていたのですが、現地を取材するたびに、被災者の人々の郷土愛の強さを痛感し、やはりここで復興させることに意味があるんだなと思うようになったんです。

藤沢: その通りです。たとえば震災直後に石巻市内の被災者を対象としたアンケートでは、「もう石巻市から出たい」と答えた人はわずか1%に過ぎなかったというデータもありますからね。

乙武: なるほど。これは東京で暮らす人々にはなかなか理解しにくい感情なのかもしれません。

藤沢: 原発避難区域の住民の皆さんが、一時帰宅の際に何をするかというと、真っ先にお墓参りをすると聞きます。やはり、生まれ育った土地というのは人にとって特別なものなんですよ。

乙武: 単に家や道路が再構築されればいいわけではないんですよね。復興への取り組みが4年目に突入する今、僕らはコミュニティの意味を再確認する必要があるのかもしれません。

(構成:友清 哲)

【今回の対談相手】
藤沢 烈さん
1975年京都府生まれ。RCF復興支援チーム代表理事。一橋大学卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て独立し、NPO・社会事業等に特化したコンサルティング会社を経営。東日本大震災後、RCF復興支援チームを設立し、情報分析や事業創造に取り組む。文部科学省教育復興支援員も兼務。共著に『ニッポンのジレンマ ぼくらの日本改造論』(朝日新聞出版)、『「統治」を創造する』(春秋社)

(R25編集部)

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※コラムの内容は、フリーマガジンR25およびweb R25から一部抜粋したものです
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