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ウーマン村本、苦悩の10年を語る

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「お笑いに行きたいなと思ったのは16、17歳ぐらい。サッカー選手に憧れていて、高校1年で部活のレギュラーにもなったんですが、地元福井の強豪校…の3軍に20対0で惨敗したことから断念しまして。次に得意だったのが、人を笑わせることだったんです」

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誌面のスペース上割愛せざるを得ないのがもったいないが、テレビで見る芸風そのままにウーマンラッシュアワーの村本大輔さんは早口でまくし立てて語る。かくしてよしもとの誇る芸人養成学校“NSC”に入学。同期のキングコングや平成ノブシコブシ、ピースといったそうそうたる面々に囲まれるが、20歳での新人時代はもちろん、在学中からブレイクにはほど遠かった。

「ただコンビ組んだらM-1グランプリの準決勝に行ったりとか、同期でも笑いは取れている方だったんです」

だが持ち前の性格の悪さから、「おまえなんかと組んでいられるか!」とフラれ、コンビが長続きしないのである。フラれては次を探す。この繰り返し。

「もう劣等感の塊でしたね。差別ネタをやってたばかりにオーディションも受からずに『なぜ芸人諦めて放送作家してるヤツに、1カ月かけて作ったものが否定されて落とされるねん』ってオーディションに出るのをやめたり。その半面、どうしたら笑いが取れるかめっちゃ勉強して、売れてるセンパイのネタ見せの会場にこっそりテープレコーダー置いて、あとで回収してどういうもんがウケるのかを必死に勉強したり

不器用だから遠回り
でも、目的地は合っていた

取った手法の善し悪しはさておき、売れる努力は怠らなかったが、結果が出なかった。

「あるとき、努力の方向が間違ってるって気づいたんです。誰かのマネはそれなりにウケるんですが、でも世間は見たことのないもんを必要としてるんです。そこでブリーフ一枚にひょっとこのお面で全身にクリスマスの飾り付けして踊ったあとに『僕はこれが面白いと思う!』と叫ぶ芸をしたら、『面白い』という反応があって、あれ、こんなのでいいの? と」

つまり、オリジナリティ。無意識に誰かの成功例にならうのはよくあることだが、それを徹底的に取り払い、独自性を追求する作業が始まった。いつしかデビューから10年以上が経ち、コンビの解散は10回を数えていたが、早口とゲスキャラを生み出し、やがて「THE MANZAI 2013」の優勝を手にできたのだ。

「新人時代でいうと10年くらいかかりましたが、結局100点やったなって思うんです。苦労話も…たとえば、ほかの芸人のファンに手を出してTwitterに暴露されたことも、今話せるしムダになってないんですね。不器用なんで遠回りでしたけど、地図が読めんかっただけで目的地は合ってたわけですから。まあようやくスタートラインに立てたと思うので、これからやと思いますけどね」
(R25編集部)

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※コラムの内容は、フリーマガジンR25およびweb R25から一部抜粋したものです
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