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タモリ 欽ちゃんの家に突然訪問し3時間しゃべり続けた過去

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 これまで31年半続いた『笑っていいとも!』(フジテレビ系)が、3月に終了する。司会のタモリはこの番組をキッカケに、大物タレントの仲間入りをしたといっても過言ではないだろう。それまで、イグアナのモノマネなどで人気を博し、夜のイメージの強かったタモリだが、『いいとも』の成功で“お昼の顔”として認識されるようになり、ビートたけし、明石家さんまとともに“お笑いビッグ3”と呼ばれるまでになった。

『いいとも』がスタートした1982年といえば、欽ちゃんこと萩本欽一が“視聴率100%男”の異名を取っていた時代。萩本は、自身の冠番組1週間の視聴率を合わせると、100%を超えるという今では到底考えられないテレビの申し子だった。

 当時は、萩本を筆頭に、たけしとタモリの3人が、お笑い界のトップを走っていたが、1985年3月限りで、萩本が一斉に冠番組を休業したのを境に、流れが変わり、“お笑いビッグ3”の座は萩本からさんまに取って代わられている。

 そんな萩本が、2月14日、テレフォンショッキングのゲストとして初登場。タモリとの貴重な2ショットトークが展開され、話題を呼んだ。言われてみれば、たけし、タモリ、さんまの3人は、一緒にゴルフ番組を担当したり、フジテレビの27時間テレビで共演するなどしていたが、はたして萩本に、たけしやタモリと共演する機会はなかったのか。古参の芸能記者が語る。

「3人揃っての共演というのは記憶にないですね。当時、お笑い界で頭角を現し始めた、たけしの笑いは、欽ちゃんのほのぼのとした笑いの対極にあったので、そもそもこの2人のマッチングは難しかったはずです。

 欽ちゃんとタモリは『スター誕生!』の司会の入れ替わりですし、今回の『いいとも』まで、番組での共演はほとんどなかったと思います。ただ、数年前、仮装大賞の記念大会に、タモリが欽ちゃんにVTRコメントを寄せたことはありました」

 あまり交流のなかったと思われる萩本とタモリだが、実はタモリが萩本の家に突然訪問したことがあるという。先日の『いいとも』でもその時の話題で盛り上がっていたが、その詳細について、萩本と小林信彦の共著『ふたりの笑タイム』(集英社刊)で、萩本はこう述べている。

〈ある日コンコンってドアを叩く音がしてたんで、うちの若いやつが見に行って、あわてて戻ってきたの。で、すごい緊張した顔して、「げっ、玄関の前にタモリがいます!」(笑)。(中略)「な~に、どしたの?」って聞いたら、「いや~、近くに住んでるんで、おもしろそうだからピンポンしたの」って言うから、「あ、そう。じゃあ、そんなとこにいないで上がんなよ」って。〉

 当時、タモリは萩本の近所でアパート住まいだったという。萩本の家には“パジャマ党”と呼ばれる作家陣がおり、番組の台本を練っているところだった。

〈冗談ぽくスルッと入ってきて、作家集団を3時間以上笑わせっぱなし。もうシャレとしては最高! ぼくもパジャマ党のみんなも、いっぺんにタモリさんのこと大好きになっちゃった。感覚的にすごく優れてますね。〉

 あまり交流がないと思われていた萩本とタモリの間に、意外な親交があったようだ。



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