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ロングインタビュー「おぎやはぎ」

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「大御所になってるのかなあ」(矢作)「だろうね、消えなければね」(小木)

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テレビとおんなじ! ラジオともおんなじ!

あの、ゆるくて上品で、ちょっと引き気味で、

矢作がなにかしゃべり、小木が小声で付け加える。

われわれシロートの発言にもコロコロ笑う。

インタビューが行われた会議室は、

その時間だけ、なごやかで心地良くなった。

そりゃ売れる、のである。

キスを我慢する企画が
壮大な物語へ化学変化

かつて一番声を出して笑った映画を尋ねると、ふたりともほぼ同時に宙を見上げた。

「一番ってなんだろうなあ」と矢作がつぶやくと、語尾にかぶせるように「なんだろうねえ」と小木が言う。

淡々としたやりとりは、まさにテレビで観るおぎやはぎそのものだ。

「ええと、そのお…“男のナントカ”」という小木のヒントに、矢作が「あ、『裸の銃を持つ男』シリーズ!」。

『ゴッドタン キス我慢選手権 THE MOVIE』はそれを超え、彼らの「一番声を出して笑った映画」となった。

もともとはテレビ東京の深夜番組『ゴッドタン』の企画のひとつ。彼女の部屋や放課後の教室などおおまかに決められた設定とセットの中で、女子力を全開にしたカワイコちゃんが執拗にキスをせがんでくるのを、挑戦者(芸人さんたちだ)がなんとか1時間耐えるというもの。

6年前に始まったこの企画は、劇団ひとりという稀有な才能を得て、誰も予想し得なかった方向へと発展していった。彼の驚異的な反射神経と、一旦“役に入る”と、素敵な(そしてあまりにベタな)フレーズを間欠泉のごとくほとばしらせる力が、「女の子とのキスを我慢する」というだけの設定に、悪の組織との戦いを呼び、アジトでの監禁殺傷、爆破へとつなげ、はては国家的謀略、生物兵器の奪い合いへと至らしめた。

その、映画化である。

小木「あの“カッコイイことをアドリブで言う”というスキルは、劇団ひとりならではだと思いますね」

矢作「あれだけどこかで聞いたことあるようなセリフをあれだけ自分に酔いながらカッコつけてとっさに言えるのは、劇団ひとりだけだと思います」

主人公は、かつて「砂漠の死神」と恐れられた凄腕の殺し屋。記憶を失い、薄幸の美少女とともに町から町を転々としている。ふたりは組織の放つ刺客から逃れ、なんとか幸せを手にしようとするが…。

主演の劇団ひとりだけは、設定も共演者も知らされず現場にいきなり投入。そこからおおよそ2日間、アドリブだけで物語を成立させる。

矢作「もとは全編キスをせがむだけだったんですけど、そっちがむしろ短くなってきてますからね」

小木「何の話なんだっていう(笑)」

矢作「キス我慢選手権というより、どんだけ気持ちいいタイミングでキスできるか選手権なんですね」

通常のゴッドタンスタッフに三池崇史監督映画の経験もある映画スタッフが加わり、スタッフ150人、カメラ20台、中継車2台で、暴走する劇団ひとりを追う。

この手法をすごい発明だとふたりは口をそろえて言う。

矢作「アメリカの映画関係者とかテレビ関係者が観てたら…」

小木「やりそう、これは」

矢作「小木は海外ドラマ大好きだからね。ハリウッドのお金と技術で撮れば、主人公が本気でびっくりしてるシーンなんか、いいの撮れそうじゃないですか」

好きなシーンを尋ねると…。

矢作「赤外線のシーンが好きです。全体的に結構ちゃんと作ってるのに、あそこだけあんなにチープに赤い毛糸みたいなの張ってるっていう」

小木「終わりの方で、空について結構いいこと言ってたよね。覚えてないけど、あそこは良かったですね」

矢作「ホント、声出して笑いました」

小木「日本人って、映画館ではとくに恥ずかしがって声出さないじゃないですか。これはもう普通に笑っちゃう。そしたら周りの人も声出せる。映画館が、一番楽しんで観られる環境かもしれませんね」

矢作「まあこれからDVDが発売されるんだけどね(笑)」

だって見てるだけ。
よけいなことはしない

出演者のおぎやはぎが観客のように語っているのは、彼ら自身が観客だから。『ゴッドタン』で“キス我慢”をご覧の方ならご存じだろうが、彼らの役割は別室からのモニタリング。

矢作には、劇団ひとりがキスをしたときに終了を宣言する大役があるが、それ以外はひたすら成り行きを視聴し、感想を述べるのみ。

矢作「映画に出演したかって聞かれると、出演してはないんですよ。いや、観たら出てるんだけど…」

小木「そう、出演ということではないんですよねー」

矢作「画面に出てくることは出てくるんですけど、出てはいないんですよ…なんて言ったらいいんだろ(笑)」

『ゴッドタン』のプロデューサーで監督の佐久間宣行は、おぎやはぎのラジオ番組でこんなことを言った。

「おぎやはぎはモニタリングの天才である」。多くの芸人ならば、モニターを観ながら、たとえば劇団ひとりの状況に自分が置かれたらどうするのかを考えてしまう。だが、佐久間が言うには、おぎやはぎは純粋に楽しんでモニターを観ているのだ、と。

小木「フフフフフフフフフフ…」

矢作「でもそうだよね。だって…観てたらいいんでしょ(照笑)」

小木「何か笑いを加えてもね」

矢作「邪魔になっちゃうもんね」

なんとなくそんな佇まいでテレビ画面の中にいることが多い。

矢作「でも、ネタ作りしてる時からそうでしたね。コントでも漫才でも普通は“10秒に1個ボケを入れる”とか言われてるんですよね。僕らの台本見たら、1分に1個しかないときもありましたからね」

小木は旅行代理店に勤めて約1年間ハワイで仕事をし、同級生の矢作は貿易会社に就職して上海で仕事をした。それぞれ、狭き門を突破しての海外勤務だったという。

矢作の誘いでコンビを結成したのは高校を卒業して5年後のこと。最初の2年間は、月に1度のライブがほぼ仕事のすべて。そしてスベる。スベると「面白いことを言いたい」「ウケたい」欲は湧いてくるのだが、「売れたい」とは思わなかった。

小木「それはもうね…」

矢作「“売れたい”も何も、売れると思ってたもんね」

小木「焦りは全然なかったですね。“やめなければいずれは売れるんでしょ”って。なんかそういう感じだったんですよね」

ことさらに戦略はなかったらしい。矢作「ひな壇に芸人がいっぱいいて、誰かがなんか言ったらみんな立ち上がるんだけど、俺たちはというと」

小木「立ち上がらなかったね」

矢作「そういう芸人ノリを知らなかっただけで。とくに関西の芸人さんのチームプレーはスゴイからさ。立たないことで(明石家)さんまさんに“なんで立たへんねん!”って言われて、ちょっとオイシくなった」

小木「でも狙ったわけじゃなくて」

矢作「だからむしろ次は立っちゃう。立たないことがオイシイってわかって立たないのはイヤなんです」

ふたりが互いにホメ合うという、おぎやはぎ特有のメソッドも同様。そもそもふたりは、普段から何の狙いもなくホメ合っていたのだ。

矢作「でもスタッフから“じゃあこの辺でホメ合ってください”ってカンペ出されるともうヤなの。いかに小木でもホメたくない(笑)」

わがままでマイペース。それでも7年目にはM-1グランプリ決勝に進出。「いずれは売れるだろう」という思いは今や現実のものとなった。

今も、確信みたいなものは持っているのだろうか。

矢作「目標とかはないんですよね。どんなふうになりたいとか、ゴールデンで冠番組持ってとか」

小木「ないよね、それは」

矢作「ただまあ、このまま俺たちが廃れていかないとして、今とおんなじ感じで行ったとしたら、20年後には大御所になってるのかなあ」

小木「だろうね、消えなければね」

矢作「目標じゃないよね」

小木「うん。テレビ業界も変わっていくだろうし。それに合わせていこうかなっていうぐらいでね(笑)。今決めても、しょうがないよね」

プロフィール
「おぎやはぎ」おぎやはぎ

1971年、東京生まれ。高校の同級生である小木博明と矢作兼が95年に結成。高卒後、ひとまず就職。サラリーマン時代には、それぞれ抜群の話術と人当たりの良さとを駆使して、小木は競争率数百倍を勝ち抜いてハワイ勤務を獲得、矢作は出世コースである上海勤務に就いた。01年 M-1グランプリ決勝10位。02年 M-1グランプリ決勝4位。映画ではアニメ『マダガスカル』シリーズで、声優として小木がキツネザルのキング・ジュリアン、矢作がアイアイのモーリスを演じている。

(R25編集部)

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