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「医療が抱える問題を解決するのに魔法の杖はない」

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 医療費の高騰や患者のたらい回し、医療訴訟、医師不足、地域医療の崩壊など、日本の医療の崩壊が叫ばれて久しい。
 生まれてから死ぬまで医療機関に関係しない人はいない。だからこそ、常に注目を浴び、そして批判も厳しくなる。その一方で、医師たちは患者の命を救うべく、過酷な勤務をこなしているという現実もある。

 『医者ムラの真実』(ディスカヴァー・トゥエンティワン/刊)は、医療業界のリアルな状況を病理医の榎木英介氏が描き出した一冊である。
 医者の視点から見た“医療業界”は一体どのような姿をしているのか? 榎木氏にお話を聞くことができた。今回はインタビュー前編だ。
(新刊JP編集部)

 ◇   ◇   ◇

―まず、医療業界の現場で起きていることについて、とても正直に書かれている印象を受けました。本書内でも書かれている通り、近年、医者が業界を告発する本を出してはベストセラーになるということが起きている中で、本書を執筆した理由からお聞かせ願えないでしょうか。

「おっしゃるように、本書はかなり率直に医者や医療業界が抱える問題を書いています。一見、医療業界の暴露本のようにみえるかも知れません。けれど、それは真意ではありません。
本書を執筆した動機は、自分が今いる医療の世界が、いろいろな意味でなんかおかしいぞ、と思ったからです。
私は、もともとは理学部の大学院にいましたが、中退して医学部に学士編入学しました。家族には医者はいません。医学部在学中は研究をしていて、32歳で卒業後は臨床研修をへて病理医になりました。この病理医というのが、全然普通の人に知られていない。医者からも「それって医者の仕事?」と言われるほどに知られていません。それぐらいマイナーな「めずらし医」です(苦笑)。
そんな異端な立場からみると、医者や医療業界というのは、なんか変だ、ということが多いです。病理医は絶滅危惧種なみにいないし、医学部の研究現場には医者がいません。結構危機的なのですが、あまり報道もされませんよね。これは誰かが訴えないといけない、と思い、本を書くことにしました。
一方で、医者の子弟がびっくりするくらい多い医学部の学生とか、製薬メーカーがスポンサーの、弁当つきのセミナーとか、医局とか、外の世界から来たら「なんだこりゃ?」と驚くようなことが、当たり前になっています。まあ、どんな世界も業界のルールみたいなものはあるわけですけど、医者の場合、人々の健康をまもるという、ある種公的な職業ですよね。そんな職業が、内輪のルールにだけ従っていていいのか、という疑問も感じていました。だから、そうした内輪の世界、それを「医者ムラ」と言ったわけですが、医療業界の問題点を解決するきっかけになればと思ってムラの内実を明らかにしたわけです。

ただ、それは最近はやりの「医療否定」、医療は患者さんに害を与える、医療は不要であるという本と一緒にされたくはないという思いもあります。こういう本は売れますよね。近藤誠先生の本が代表ですが、確かにそういう本は、非常に分かりやすくて、これはこうだ、と断言するので、読んでいて痛快です。こういう本が読者を獲得するのはよく分かります。そういう本が指摘する問題、たとえば過剰な治療が患者さんに害を与えているケースがある、というのは、医者の中にも賛同する人が多いと思います。
しかし、そうやって、これはだめ、あれはダメ、医療はだめ、と断言することは、医療の問題の解決になるのかなあと疑問に思ってます。
確かに、一部の患者さんにとって、こうした「直言」に従うことで、症状が良くなることがあるでしょう。しかし、すべての患者さんがこれで救われるとは思えません。
私の親しい人には、乳がんを放置したために、若くして亡くなった人がいます。私の父も、心臓の血管が詰まっていたのに、治療を放置したために突然死しました。

私がこの本を書いた理由の1つは、現実は一言で表現できるほど単純ではないということです。当たり前と言えば当たり前なのですが、世の中は複雑に入り組んでいて、利害が対立したり、見解が異なったりすることが多いわけです。そうした中で、合意を得るのは大変だし、めんどうくさい。だから、ワンフレーズで「医療はダメだ」という人の声を聞きたくなってしまう。
けれど、そうした面倒くささをすっ飛ばして、極論だけ叫んでいても、医療の問題点は変わりません。
だから、私はこの本で、医療の問題点を挙げつつ、それを対話や議論で解決すべきと訴えています。たとえ面倒くさくても、手間でも、それ以外道はないと思います。医療が抱える問題を解決するのに魔法の杖はないのです。」

―医師がブラック企業並の勤務実態であることは知られていることですが、改めてこの本でその苛酷さを理解しました。特に近年は社会からの要求やモンスター患者などの登場によって、勤務時間以上の精神的負担が増えていると思うのですが、そういった感覚はありますか?

「はい。医者、とくに勤務医の過剰労働はおそらく昔からあったと思うのですが、まだ昔はましだったと思います。というのも、まだ患者さんから「ありがとう」と言われる機会が多かったからです。
ところが、近年は、医者は病気を治して当たり前、治せなかったらクレーム、訴訟、というケースが増えているように思います。
ミスではなく、起こりうる合併症でも訴えられるケースは増えています。産科医が逮捕されてしまった福島県の大野病院の事件は、その象徴です。どんな医者も、患者さんを傷つけようと思っていません。もちろん力至らなく、患者さんが亡くなることはあります。ミスすることもあります。もちろん、医療ミスなどは、調査の上医者が罰せられるべきこともあるでしょう。しかし、何かあれば犯罪者扱いされるということが、医者のやる気を著しく削いでいます。
こうしたことが積み重なり、今の医者たちは精神的に疲弊しています。過酷な勤務医を辞める医者もおり、医者不足が加速しています。それが残った医者にますます負担をかけるという悪循環に陥っています。」

―こうした勤務医の過酷な現状を打破する動きは、医療業界内にあるのですか?

「さすがにこうした過酷な現状にもう耐えられない、何とかしなければ、という声が医師のなかにも増えてきました。こうした医師たちが、現場から声をあげはじめています。
その1つは全国医師連盟です。全国各地の勤務医がインターネットを介して集まり、医師の過剰労働の問題をはじめとする様々な問題を社会に訴えています。全国医師ユニオンという、医師が個人で加盟できる労働組合もできました。医師は数年ごとに病院を異動するので、職場の労働組合に加盟していないことも多く、それが医師の労働環境改善を阻んできた側面があります。個人加盟の労働組合である全国医師ユニオンの誕生は、医師の労働問題を改善する上でとても重要だと思います。

―「医師」という職業は一つのステータスで、高収入であることから、婚活などで理想の職業の上位に来ることが多いのですが、こういう形で注目を浴びることに対して、何か感想はありますか?

「確かに、男性の医師はモテます。まあ、私なんかは対象外なんですけれど、世間からみたら、ある程度の収入があって、しかも失業の心配もないということで、安全パイというか、安定を考えるならいい相手なのでしょう。逆に女性の医師は、結婚相手としては敬遠されてしまうことも多いようで、婚活に苦労している人もいるようです。
けれど、医者と結婚してもあんまりいいことないですよ。何より忙しすぎるから、家事や育児など、家の仕事をしないし、看護師さんなど周りに若い女性がいるから、浮気や不倫もあったりする。あるとき、真夜中の手術室に執刀医の奥さんから電話がかかってきた場面に遭遇したことがあります。その執刀医が、手術と言って浮気したことがあったから、手術室にいることをわざわざ確認しているわけです。こんな家庭、壊れてますよね… というわけで、結婚を人物ではなく、お金やステータスだけで判断することは、まったく賛同できませんが、こうした形で医者が注目をあびるのは、日本社会の問題ですよね…ほかの職業がもっと大変な状況だから、医者が相対的によく見えてしまうという…
だから、医者がモテるということは、日本の社会が停滞していることの裏返しなのかなと思って、心が痛みます。」

―学閥に関するお話は、まさに医療業界の中にいる人しか分からないことだと思いますが、ドラマで描かれているような病院内の権力抗争などは本当にあるのですか?

「言いにくいのですが、ある程度本当です。まあ、ドラマは誇張されていますけど、それに近いようなことはあります。本に書けなかったことも多いです。クビが飛んじゃうから(苦笑)。
さすがに怪文書などは読んだことないですけれど、タイミングのよい(?)時期にスキャンダルが明らかになったりとか。教授選のあとに医師が大量退職したなんて話は報道もされたりしていますよね。
基本的に医者のプライドは高いです。軽く見られたくないという気持ちは人一倍強い。だから、医者同士が争うと、プライドとプライドのぶつかり合いになって歯止めがかからなくなってしまう。そうなると、患者さんのことなどそっちのけです。
こうしたことは別に医者に限ったことではないですけれど、私はそこに、人間の生まれ持った本性を見てしまうんですよね…」

(後編へ続く)



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