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話が弾む!元祖大衆グルメ誕生秘話

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それほど親しくない相手と何を話していいかわからない。しかも仕事上の付き合いとくればヘマもできない。そんな時、会話の糸口になってくれる鉄板ネタが、食べものの話題だ。食は万人共通の関心事。ただ、そうはいっても、高級ワインのウンチクにはまったく興味がない人もいるだろう。そこでオススメしたいのが、万人受けを狙える身近な料理のルーツネタだ。

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今、我々の身近にある料理は、案外歴史が浅いものが多い。というのも、肉食が解禁された明治時代以降、海外から入ってきたレシピや食材が一般に普及し、日本人の食生活がガラリと変わったからだ。とくに、先人たちが重視したのは、主食となるご飯との組み合わせ。ここでは、その例をいくつか紹介しよう。

たとえば、「カレー」の伝来は江戸末期、開港後にイギリス船がもたらしたとされる。インドからカレーのレシピと米を持ち帰ったイギリスでは、シチューを真似て小麦粉でとろみをつけたものが定番となり、カレー粉も登場。このイギリス式のカレーが日本に伝わった。日本では、江戸時代からご飯に汁物をかける“ぶっかけ飯”と、とろみのある“あんかけ麺”が食されていた。カレーはこの2つを組み合わせた「あんかけ飯」として人々の舌を魅了したのだ。

また、今ではファミリーレストランの定番メニューとなった「ドリア」の考案者は、スイス人シェフのサリー・ワイル。1927(昭和2)年に横浜で開業したホテルニューグランドの初代料理長で、日本の洋食文化を牽引した人物だ。当時、日本のフランス料理店ではコース料理しかなかったが、彼はアラカルト料理を提供し、お客の要望にもできる限り応えた。ある日、体調を崩した欧州の銀行家のために「喉ごしのよいものを」とライスに小海老のクリーム煮をかけ、オーブンで焼き上げた料理を出したのが、ドリア誕生の瞬間である。

「とんかつ」の起源は、明治時代に日本に伝わった、肉の切り身にパン粉をつけてフライパンなどで炒め焼きした「カットレット」(=「カツレツ」)。そこへ「豚(トン)」が加わり「とんかつ」の名になった。名前とともに、調理法も変化している。まずは銀座の老舗洋食屋「煉瓦亭」が1899(明治32)年に、天ぷらをヒントにたっぷりの油で肉を揚げることを考案。1905(明治38)年に東京・御徒町の「ぽん多本家」を創業した島田信ニ郎が、天ぷらの揚げ技を応用し、分厚い肉に低温の油でじっくり火を通す調理法を編み出した。こうしてご飯にあう、箸で切れるとんかつが生まれたのだ。

このような創意工夫から生まれた料理は、のちに名物店が現れるなどして、その存在が広く知られるようになる。普及後は、カレーからカレーパンが誕生したように様々に応用され、バリエーションが広がって進化していく。だからこそ、現代の我々からみたら、身近な料理のルーツをさかのぼるのはおもしろいのだ。

美味しいものを囲めば、それだけで気持ちがほぐれる。そこへ、出てきた料理の小ネタを挟めば、会話も弾む。まずは試しに一軒、気になる料理の“ルーツの店”を訪れてみてはいかが?

(澁川祐子&R25編集部)
(R25編集部)

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※コラムの内容は、フリーマガジンR25およびweb R25から一部抜粋したものです
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