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東京に「世界遺産・富士山」山頂の神々しさ味わえる場所あり

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 世界遺産を東京で味わう方法。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏がガイドする。

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 祝・富士山! とうとう世界文化遺産登録に漕ぎ着け、地元はお祭り状態。富士山登山もますますフィーバーしそうな気配。ですが、富士山は日本一の山。頂上付近は酸素も薄く、登山の疲労も蓄積するハードなルート。登りたいけれど体力・体調の都合を考えるとなかなか難しい--そんな方もたくさんいるはず。富士山は何も登るだけじゃない。東京に居ながら存分に楽しめるのです。

 たとえば、東京の町の中にたくさんの「ミニチュア富士山」があることをご存じでしょうか? 単なる作り物ではありません。富士山から運ばれた本物の溶岩でできており、「一合目」「二合目」と登山道までついている、かわいらしい富士山です。

 江戸時代、富士山を神とする民間信仰「富士講」が、庶民の間に爆発的に広がりました。お江戸八百八町の数だけ富士講があった、と言われるほど。講のメンバーは一緒に富士登山をするだけでなく、江戸の町の神社境内にたくさんのミニチュア「富士塚」を創ったのです。富士登山ができない人たちのためにも。

 写真は台東区・小野照崎神社の境内にある文政11年(1828年)造の「下谷坂本富士」。今、都内23区に現存する富士塚は70ほど。関東地域(埼玉・千葉・東京・神奈川)まで含めると250~300個はありそう。

 品川神社の中に鎮座する品川富士(明治2年・1869年)は、高さ10メートルほど。溶岩の山肌はゴツゴツとしたリアルな質感。「近所にある富士塚に登ると、厳しい道のりを経て富士山の山頂までたどりついた時の、あの神々しい気持ちが蘇るんです」と、「品川丸嘉講」のリーダーにお話をうかがったことがあります。

 その富士信仰の中興の祖、ブームに拍車をかけたカリスマ的存在「食行身禄」のお墓もあるんですよ。文京区海蔵寺境内に、富士山をかたどった溶岩と碑、その脇にお墓が。「食行身禄」は享保18年(1733年)、富士山の八合目で断食行をしそのまま入定(即身仏となり絶命すること)。富士山信仰のシンボルとなりました。その「食行身禄」の骨が納められているそうです。当時の江戸の町から見えた富士山の姿や、暮らしに息づいていた富士講の様子に思いを馳せてみたくなります。

 富士塚の他にも、楽しみ方はいろいろ。

 たとえば、東京の中にある「富士見」という地名巡り。京王井の頭線・富士見ヶ丘駅前の商店街には、富士山の装飾がデザイン化された街灯が。そんな風に、「富士見」という土地を訪ねて、町の中に富士山アイコンを発掘する散策んなてのも面白い。「昔ここから見えた富士山の姿、さぞや美しかっただろうな」と想像しながら。

 もちろん、大都会から直接「富士山」の神々しい姿を眺めることのできる「新富士見スポット」を探して歩くのも楽しい。たとえば中央線・阿佐ヶ谷駅のホームから見える冬の富士山のシルエット。あまりに美しくて、見とれてしまいますよ。

 そうです。富士山に直接足を運べなくても、富士山を愛でることはできるのです。

 富士山の「文化的遺産」が教えてくれること。それは、自然の環境を愛でながらともに楽しく暮らす術。いわば、最先端の環境共生スタイル。この機にそんなカッコいい生き方を再発見してみては。



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