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LNT説とALARAの関係に関する勘違い

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今回はメカAGさんのブログ『疑似科学ニュース』からご寄稿いただきました。

LNT説とALARAの関係に関する勘違い

「放射線の健康影響をめぐる誤解」 2012年07月19日 『SYNODOS』
http://synodos.jp/science/1568/3

別なエントリの「追記」に書いたことだけど、わりと間違えている人が多いので、独立したエントリとして書いてみる。

LNTモデルと一緒に組み合わせて用いられる重要な考え方に、ALARA(As low As Reasonably Achievable:合理的に達成できる範囲で、できる限り低く)の原則というものがあります。放射線被曝によって生じる害とそれを避けないことによる利益(医療を受ける、避難せずに済ます、など)を比べて、上手に利害のバランスをとりながら被曝量をできる限り低くしていくという考え方です。

この部分は問題ない。ようはリスクはゼロにならないんだから、メリットとデメリットを考えて、判断しましょうよということ。メリットとデメリットというのは人間やその社会の価値観に依存するから、純粋な科学ではない。

電力の供給の方が大事だという考えもあるだろうし、人間の安全こそがすべてに優先するという考えもあるだろう。だからこれは科学では決定できないのだ。放射線治療だってメリットとデメリットがある。そもそもどういう生き方をしたいか?は個人の価値観の問題だ。

   *   *   *

で、上記の引用部分はきっと何かの受け売りを書き写しているだけだから、間違っていないのだけど、それに続く本人の文章が、まったくALARAの原則と正反対のものとなってしまっている。

このALARAの原則を忘れてLNTモデルのみを使うと、放射線被曝量が0に最も近いことが常に一番良い状態と判断されることになり、必要な医療を受けることを避けることになる等、実際の生活上での様々な不都合が生じてきます。

LNT説(LNTモデル)というのは、浴びた放射線の量と癌になるリスクが比例するという考え。すなわちどんなに少ない放射線でも、少ないなりのリスクがあるという考えだ。ICRPを含めてもっとも支持されている学説のはずなのだが、なぜか原発事故以降「そうではない」と主張する人も多い。これについてはいまは立ち入らない。

LNT説自体は、微量な放射線は微量なりにリスクがあるという考えだから、被曝量が0であるのがベスト。この点は間違っていない。しかしどんなにリスクが少なくても0じゃないのは嫌だという人たちもいる。「0でなくても少ないならそれでいいじゃん」と俺は思うのだけどね。でもそういう人達は0でないと嫌だという。

そういう人達はLNT説が気に入らない。一定より少ない放射線はリスクは0だという閾値説の方を支持したがる。閾値説を主張する根拠はLNT説よりも弱い。だからICRPも基本的にはLNT説を採用しているのだが、リスクを0だということにしたい人たちは、閾値説にこだわる。これについてもいまは立ち入らない。

   *   *   *

問題は片瀬久美子がLNT説はALARAに反し、閾値説こそがALARAに沿うものだと考えている点。これは違うだろう。閾値説に基づけば微量な放射線はリスクが0なんだから、そもそもメリットとデメリットを計算する必要がない。デメリットは0なんだから(笑)。

繰り返しになるがALARAというのはリスクが0でないけれど、メリットの方が上回るなら、リスクを容認しましょうよ、という考え方。つまりLNT説でこそ、この考えが重要になる。

LNT説というのは浴びた放射線量と癌になるリスクが比例するという考え。いいかえれば浴びた放射線量が少なければ、癌になるリスクもどんどん少なくなっていく。0に限りなく近づく。単にそれが0ではないというだけ。

だからリスクよりも大きなメリットがあるなら、放射線を浴びるのを容認すべき。放射線治療で、浴びた放射線が癌細胞を殺すメリットと、逆にその放射線が新たな癌細胞を生み出してしまうデメリットを天秤にかけて、放射線治療の是非を選択しましょうという考えだ。

   *   *   *

現在患者の命を脅かしている癌を治療しなければ確実に死んでしまう。一方で放射線治療によって新たな癌細胞が生まれるリスクは0でない。しかしいま直面している癌による死を回避することの方が、患者にメリットがあると考えて放射線治療は行われるわけだ。リスクが0だからではなく、リスクよりもメリットが上回るからだ。これこそがALARAの考え方。

ということで、片瀬久美子はALARAを勘違いしている。これ池田信夫も勘違いしてるんだよね。リスクが0でないと気が済まない人たちがLNT説を否定し、閾値説を支持したがる。

人間の命とか幸せと関係なく、純粋に科学の現象であれば、閾値説など支持されるような説ではない。人間の感情や願望が生み出したものだ。(まあこの先閾値説が正しいことが何らかの方法で証明される可能性もゼロではないが、現状でどちらの説が有力かといえば圧倒的にLNT説だろう)。

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LNT説にしろ閾値説にしろ、これらは純粋な科学。人間の価値観とは関係ない。しかしALARAは人間の価値観に依存するものだ。個々の現象の確率は科学で算出できても、それに対してどれだけの重み付けをするかは科学ではない。

LNT説かALARAかではなく、LNT説にもとづいて癌のリスクを算出した後、そのリスクとメリットを天秤にかけて、リスクを許容するかどうかを判断しましょうということ。LNT説とALARAは対立するものではない。ICRP全体を貫く考えも基本的にそうなっているはず。それを部分部分の表現だけ取り上げるから、おかしなことになる。LNT説や閾値説は(正しいかはともかく)科学の領域であり、ALARAは政治の領域だ。

参考

ガジェット通信に掲載された「LNT説とALARAの関係に関する勘違い」という記事について
片瀬氏より連絡があり、この記事への指摘をまとめたとのことですのでリンクさせていただきます(編集部)

執筆: この記事はメカAGさんのブログ『疑似科学ニュース』からご寄稿いただきました。( http://www.asks.jp/community/nebula3/151168.html )

寄稿いただいた記事は2013年05月30日時点のものです。

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記者:

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