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第2回将棋電王戦 第1局 電王戦記3.4.5 (筆者:夢枕獏)

・[ニュース]第2回将棋電王戦 第1局 電王戦記1.2
http://news.nicovideo.jp/watch/nw564135

 『キマイラ』のことだ。
 ぼくの書いている長編のシリーズに『キマイラ』シリーズというのがある。
 今から三十一年前の一九八二年に朝日ソノラマから第一巻目『幻獣少年キマイラ』が発売されて、別巻を含め、現在までの間に十八巻(ソノラマノベルズ版は、本編九巻、別巻一巻)まで出ている。
 今日言うところの、ライトノベルスである。書き出してから、すでに三十一年が過ぎてしまった。それが、まだ完結していないのである。しかも、まだ書くつもりでいるのである。三十一歳で一巻目が出て、現在ぼくは六十二歳である。
 この『キマイラ』、ぼくの生涯小説となってしまった。
 絵を描いてくれたのが天野嘉孝――天野さんである。
 現在のソノラマノベルズ版は寺田克也――寺田さんが描いてくれている。
 主人公は、大鳳吼(おおとりこう)という十代の美しい少年である。
 身体の中に、幻獣を棲(す)まわせている。
 時に、この幻獣が眼覚め、大鳳を獣に変えてゆく。
 獣化は、その肉体のいたるところに起こる。
 顔と言わず、指先と言わず、腕と言わず、肉体のありとあらゆる場所から、獣が顔を出す。ぞろり、ぞろりと獣毛が生えて、無数の小さな口が出現し、牙が伸び、顎が伸び、それが大きくなって、

 ぎぎ、
 ぎるぎるぎる

 と、哭くのである。
 時に、
              ひゅう~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
         るういいい~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  あ~~るういいい~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 と、天に向かって、喉を立て、ひしりあげるのである。
 この物語を書くと、ぼくの心は、三〇代のあの頃へ、たちまちもどってしまう。
 そうして、なんとかこの六十二歳になる今日この日まで、この物語を書いてきたのである。
 言うなれば、この物語は、夢枕獏という作家の杖(つえ)のような作品である。
 この作品があるから、これまで、ぼくはなんとか作家という仕事をやってこられたようなものだ。この作品にすがるようにして、これまでやってきた。
『キマイラ』は、ぼくにとってはそういう作品なのである。
 この物語を、ここ数年、ぼくは書けないでいた。
 一番大きな理由は、この『キマイラ』を書いていた”朝日ソノラマ”という会社がなくなってしまったことだ。
 さまざまに、この間曲がりくねったのだが、現在は、朝日新聞出版からこのシリーズは出版されている。
 そして、今年、ようやくこの『キマイラ』シリーズを、数年ぶりに連載再開することになったのである。
 場所は、朝日新聞出版で出している『一冊の本』という雑誌である。
 このことを、川上量生――ドワンゴの川上さんに話をした。
「ぼくは、いつでもどこでも、どういう状況でも原稿を書けますから、ニコニコ動画で、連載第一回目を書くのを中継してくれませんか――」
 そうしたら、この人は言ったんだよ、川上さんがね。
「それなら、ニコニコ超会議でそれを書いて、それを中継しましょう」
「おお、やりましょう」
 あっという間にそういうことになっちゃった。
 実はその時、ニコニコ超会議というのが、どういうものであるのかぼくはよくわかっていなかった。
 ただ、思ったのは、
「それ、おもしろそう」
 であった。
 それだけで、ほとんど何も考えずに、やりましょうと返事をしてしまったのである。
 まことにいいノリなのであった。
 そもそも、ぼくを川上さんに引き会わせてくれたのは、スタジオジブリの鈴木さんである。
 ある用事があって、鈴木さんに会いに行ったら、そこで鈴木さんから川上さんを紹介していただいたのである。
 鈴木さんは、川上さんのことを、
「うちの見習いです」
 なんて言ってるのに、
「川上さん」
 と、さんづけで呼んでいる。
 歳だって、鈴木さんのほうが上なのに「さん」という、なんだか妙な関係が、不思議な魔法のようにそこに成立していて、その不思議さもなんだかおもしろかったのである。
 色々な事情が、多少わかってきたのは、もっと後になってからだ。
 で――
「煽りビデオも作りましょう」
 そういうことになってしまったのである。
 この煽りビデオを作るのは、あの佐藤大輔である。あの、というのは、PRIDEで闘う格闘家たちが入場してくる時、会場に流すあの煽りビデオを作っているあの佐藤大輔のことなのである。
 あの佐藤の大ちゃんのことなのである。
 ワオ!
 だよ。
 だって、あの佐藤大輔が、オレのビデオを作ってくれるんだよ。
 生きててよかった。
 なんだか、凄いことになってきたのである。
 ここで、ぼくはもう、覚悟をした。
 どういう覚悟か。
 ケツの穴まで見せる覚悟である。
 なにしろ、ぼくは、テレビの中で全裸姿で森の中を走り、股間にモザイクをかけられた唯一の作家である。
 ずっと昔――
 プロレスの大仁田選手と、テレビの番組でカラフトまで釣りに出かけたことがあった。
 そのおり、ガイドのIさんとぼくと、大仁田選手で森の中のサウナに入ることになった。
「ほどよくあたたまったら、すぐ前を流れている川に飛び込んで下さい」
 というので、そのつもりでいたら、サウナの中で、Iさんは言った。
「ふたりに、提案があります」
「何でしょう」
「川へ飛び込むのに、股間をタオルで隠したり、手で隠したりするのは、カッコ悪いと思いませんか」
「それもそうですね」
「隠さず、そのまま走って川に飛び込みませんか」
 そうおっしゃるのである。
 我々は、その言葉に共感し、おちんちん丸出しのまま、森の中を走って川に飛び込んだのである。
 かくして、モザイクのかかった股間をさらして走る姿が全国に放映されてしまったのだが、この放映中に、友人の作家である菊地秀行先生から電話があり、
「お見ぐるしいものを、お茶の間にさらすというのはいかがなものでしょう」
 という、あたたかいはげましの言葉をいただいてしまったのである。
 まあ、つまり、やる以上は何でもやるという覚悟を、その時、ぼくはしてしまったのであった。
 打ち合わせをした。
 ぼくと、川上さん、大ちゃんで集まって『キマイラ』の話をするつもりが、何故か将棋の話となったのである。
 米長さんが、ボンクラーズと闘った話だ。
「チェスでは、もう、人間がコンピュータに勝てなくなっています」
「いずれ、人間は、将棋でもコンピュータに勝てなくなってしまうでしょう」
「その時、もしかしたら、将棋というゲームは滅びてしまうのではありませんか」
「ああ、そうなったらどうしたらいいのか」
「いやいや、そんなことはないでしょう」
 かなり燃えて、我々はその話をしたのである。
 佐藤大輔は、この二回目の電王戦の煽りビデオを作るにあたって、
「宇宙の映像を使いましたよ」
 嬉々として語るのである。
 前述したように、ぼくは、多少の縁が米長さんとはあって、さらに書いておけば、実はある雑誌の企画で、大山康晴永世名人と、飛車角を落としていただいて、対局したこともあったのである。
 この時、対局中に、ぼくの打つ手のあまりのヘボぶりに、ついに大山名人は、ぼくに指導をしはじめたのである。
 ぼくが、次の手をどうするか迷っていると、
「金だなあ」
 と、大山名人が言うのである。
「え?」
「金を、ここに打たれたら困るなあ」
 そう言うのである。
 つまり、金をそこに打て、というのである。
 しかし、指をさして教えてくれるわけではない。あくまで独り言である。
 だが、ぼくは、そこがどこだかわからない。
 それに、天下の大山名人が打てと言っている場所に金を打つ以外の手を指す勇気は、ぼくにはない。
 ぼくは金をつまんで、
「うーん、ここかなあ、ここに打ったら、いいのかなあ」
 と、大山名人の視線をさぐりながら、その金を盤上で動かす。
 すると、
「あ、もう少しこっちの、そう、そこあたりは困るんだなあ」
 とおっしゃるので、そこへ金を置いた。
 しかし、ここでたいへんなことがおこってしまった。
 何故、そこへ金を打つと、ぼくが有利になるのか、それが、ぼくにはわからなかったのである。大山名人の頭脳があってはじめてわかる次の手が、ぼくには指せないのであった。
 それで――
 一手指すごとに、
「ここかなあ、ここに指したらいいのかなあ――」
「うーん、そこそこ」
 と、名人に御指導をいただきながら、なんとか勝たせていただいたのである。
 大山名人にしても、雑誌の企画とはいえ、ぼくのようなヘボに本気で勝つわけにはいかなかったのであろう。
 なんとか、ぼくに勝たせたいのだが、それでも棋譜が残る以上、あんまりわざとらしい負け方をするわけにもいかない。
 そこで――
「うーん、金だなあ」
 ということになったと思うのだが、なんとも優しい大山名人に触れることのできた一日だったのである。
 コンピュータには、さすがにこの大山名人のような優しい心づかいはないであろう。
 こんな話をしていたら、
「そうだ、獏さん、それなら、今度の電王戦の観戦記事を書きませんか」
 川上さんが言ったのである。
「やるよ、おれ」
 即座にぼくは答えていたのである。
 それが、ぼくが、この稿を書くことになった流れなのである。
「資格」
 のことを書くつもりが、いきさつの話になってしまった。
 このことをもって、ぼくに、この観戦記を書く資格があるとは、もちろん言うつもりはない。
 が、ともかく、そういう事情ではあったのである。
 で、もう一度、『キマイラ』のことだ。

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