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知られざる流浪の行者の伝統

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知られざる流浪の行者の伝統

 僕は今、ネパールのドルポ地方の密教行者の皆さんと協力して、チュウという宗教儀礼の体系に関する文献を保存・継承する活動を行っています。

 このチュウと呼ばれる教えは、11世紀から12世紀にかけて活躍したマチク・ラプドンという女性ヨーガ行者によって創始された教えの体系です。この教えの修行者たちは、大きなでんでん太鼓、金剛鈴、人骨笛などを鳴らしながら、自らの身体を供物に変えて神々や魔物たちに捧げる詞章を歌い上げるという、古代のユーラシア大陸一帯に広まっていたシャーマニズムの供犠とよく似通った儀式を行います。しかし文献を読み解いていくと、そのような儀式のまた異なった一面が浮かび上がってきます。チュウとは、自らの身体や現象世界が実体のない空であるという、般若経典に書かれている通りの見解に基づく究極の布施波羅蜜行の実践であり、インドの後期密教で説かれている高度なヨーガ技法を単純明快に表したものだということが分かってきます。つまりこの教えは、インドからチベットの古代の宗教思想家たちが大乗仏教を伝える際に、それまで原始的な宗教を行ってきた人々に受け入れられやすいように、教義の核心部分を素朴で力強い表現で再構築し直したものなのです。

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 チュウは、主に在家の密教行者達の間で細々と伝承されてきた教えでした。彼らが修行を行うときには、一ヶ所の瞑想場に籠るということはしません。法具とテント、そしてわずかな食料だけを持って、何日も一人で荒野を転々とさまよいながら、大きな岩の陰や一本木の根元などで寝起きしては、恐怖に打ち勝つための修行を続けたのです。日本では「野伏し」とか「山伏し」と言われていたような、流浪の行者の伝統でした。チベットの仏教の長い歴史の中で、チュウの修行者たちは寺院組織に保護されることはあまりなかった、というよりも政治権力と結びついて権威を誇っているような寺院組織から好きこのんで距離を置いて自由を謳歌していたのです。チベット仏教が近代化をとげるにつれて、そのような伝統は次第に衰えてしまい、カギュ派のカルマパ・ランジュン・ドルジェやカルマ・チャクメイが編纂した儀軌集や、ニンマ派のジグメ・リンパやドゥンジョム・リンパらが感得した埋蔵教説などの、例外的に寺院組織の中に取り込まれたものだけが形式的な儀礼として残っているような状況です。ですからチュウに関する言説も宗派組織の歴史観のフィルターを通して語られることが多く、荒野を放浪する修行のやり方などは、ほとんどがすでに過去の遺物と見做されてきました。

 ですが、幸運にも二年前に、ドルポ地方でそれらとは系統の異なる古い流派の文献や儀礼を継承する方々と偶然知り合ったことで、古い時代のチュウの修行者たちのより生々しい姿を知る手がかりを得ることができました。彼らは中央チベットの宗派組織と直接の関わりを持っておらず、異なる時代に伝わった様々な教えを村々の小さな寺でひっそりと受け継いでいます。彼らの話を聞くうちに、山奥の小さな寺には、カギュ派やニンマ派の宗派組織に属さず手を加えられなかった、マチク・ラプドンとその弟子たちの時代のものに限りなく近い手書き文献が遺されていることもわかりました。これらの文献の多くは、修行者自身の手によって筆記体で書写されて伝わってきたため、略字や綴り間違いがとても多い上に、シミや虫食いなどで損傷している状況です。そのため所々に意味の不明瞭な箇所も出てきてしまっているので、口頭伝授をうけた先生方の記憶が確かなうちに複数の写本を参照しながら校訂を行わなければなりません。

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 そこで、密教行者の皆さんと協力して、関連する文献を収集して校訂出版を行う計画を立てていたところ、幸いなことにトヨタ財団のアジアの伝統文献保存継承活動を支援するプログラムから助成金を受けられたので、プロジェクトを実行に移すことができました。彼らの出身の村々から持ち寄ってもらったものをアメリカやドイツの援助ですでにマイクロフィルムのアーカイブに収められているものなどと照らし合わせながら読み進め、コンピューターに入力したテキストの校正を行っています。

 このような密教の文献は、本来は師から実際に教えを受けて修法しながらでないと読んではいけないことになっています。不思議なもので、一人で勝手に読もうとするといくら辞書を引いても内容が頭に入ってこないのに、先生と一緒に簡単な解説を受けながら読むとすらすらと理解できるようになったりすることが多いのです。実際に文献保存活動に取り込んでみると、何故そのようにして受け継がれてきたのかという理由にあらためて気付かされます。つまり修行者たちの間で言い伝えられていることや共有されている体験を手がかりにしなくては、分からないことがとても多いのです。外国人の文献研究者が、どれだけチベット語に熟達していても、実際に教えを受けていなければ、系統分類して目録を作ることすらも困難なのです。ですから、この教えに関する文献を収集して復刻するという活動に共感を持って、僕に教えを説きながら、作業に自発的に参加してくれる協力者を得られたことは、とても幸運なことだと思っています。

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 ヒマラヤの高地では春先まで雪が降っていて訪れることが難しいので、ここ数ヶ月は首都のカトマンズで文献研究ばかりしていたのですが、そろそろ峠道が開く頃ですから、少しずつ山の中の小さなお寺を回って、古いチュウの教えがどのような環境で受け継がれてきたのかということをこの目で確かめにいきたいと思います。

ヒマラヤデッドオアアライブ

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佐藤剛裕:彼岸寺

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