チベットの新年と麦

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チベットの新年と麦

 松の内も明けてお正月ムードもすっかりさめてしまいましたが、皆様、明けましておめでとうございます。

 日本をはなれて外国で年越しを迎えるのは得てしてさびしいものですが、今回はとくに皆と一緒に過ごしたくなり、Twitterのタイムラインを眺めていました。インターネットのおかげで、なんとなく年の瀬の雰囲気を味わったり、親しい人たちと挨拶を交わしたりできるのはありがたいことです。YouTubeで細野晴臣さんがレコード大賞のオープニングで”Smile”を唄っているところNHKのゆく年くる年で、お坊さんが除夜の鐘をついている場面を観られたのもうれしいことでした。

 さて、近代のチベットの暦では日本の旧正月や中国の春節とほぼ同じように暖かくなってくる時期に新年が設けられていますが、いま僕が暮らしているネパールやインド、ブータンなどのヒマラヤ周辺の仏教圏では、チベット暦とは異なり冬至の頃に新年が祝われることが多いようです。ここカトマンズでは、農閑期でカトマンズ盆地に降りてきて特にすることもないので、地元の暦とチベット暦とで新年を二回祝う人々もいるようです。

 新年にチベット人の家庭に挨拶に行くと、その家の若い娘がチェマと呼ばれる麦焦がしや乾燥粉チーズをバターで練った供物の入った箱を差し出して出迎えてくれます。これをすこし指でつまんで空中に三回振り撒き三宝や神々に豊作への感謝を捧げると、家に招き入れられ食事が振舞われます。

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 チベットに農耕がもたらされてからというもの、チベット人の主食はツァンパと呼ばれる大麦、青麦、裸麦などを煎って粉にしたものが中心でした。同じものは朝鮮半島を経て日本にも伝わっていて、西日本でははったい粉、東日本では麦焦がしと呼ばれています。チベット人はこれをバターと塩の入ったお茶で練り、団子にして食べます。木の茶椀にお茶を注いだ上にツァンパを山盛りに浮かべると、それを人さし指で少しづつ沈めて、茶碗をまわしながら上手に団子にしていきます。

 その昔、文化人類学者が最初にチベットに入って、彼らの食事風景を観察していた時の話です。チベット人が食事の前に小さな団子を作ってテーブルのすみに置くのを見て、あれには何か宗教的な意味があるに違いないと考えていたそうです。ところが実際はチベットには手を洗う習慣があまりないので、手に付いたツァンパを丸めて手の汚れをとったものをよけておいただけだったのです。これは今となっては出所や真偽のほどの定かではない、チベット研究者の間でまことしやかに語られる笑い話なのですが、手の汚れをとったツァンパの団子を捨てたり犬にやったりする行為に宗教的な意義が全くないとも限らないという感想をこのごろでは持っています。というのも、チベットの宗教においてツァンパは供物として様々な場面で用いられてきたからです。これから何回かにわたって、チベットの民間の宗教儀礼でツァンパがどのように用いられてきたのか、少しづつ観ていきたいと思います。

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