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『千日の瑠璃』494日目——私は記憶だ。(丸山健二小説連載)

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私は記憶だ。

世一の叔父の心を蝕む、強固な意志を以て断固斥けるしかない、漆黒の記憶だ。あれからすでに生温かい十数年の歳月が静かに流れているというのに、私は依然として薄れておらず、褪せてもいない。それどころか私は、折節の移り変りを越えて勢いを増し、大雪が降るたびにここを先途と攻め立てる。

雪の白を、私は血の赤に変えてしまう。そして私は万般の準備を調え、道義心とやらを高揚させて、一気に溢れ出るのだ。敗戦という冷厳な事実が幻の方向へ傾きかけた頃、当時の彼はまだまだ若く、若さを自覚できないほど若く、雨夜にもぎらぎらと光るその眼は、乾坤一擲の機会を決して逃すまいと燃えに燃えていた。それは彼の宿敵となっている男もまた然りで、同じように讒言を信じ易く、同じように血気盛んだった。両者はお互いに相手のことを弱敵と見て侮り、あるいは、強敵と見て怯えた。張り詰めた空気が雪を呼び寄せたある晩、かれらは同時に、あんな見掛け倒しなど物の数ではなく、一刀のもとに斬り棄てられると考えた。ところが、半夜の鐘が鳴り響くただ中でいざぶつかってみると、ふたりの度胸と腕っぷしは伯仲しており、そのせいでなかなかけりがつかず、緋鯉が昇り竜にとどめを刺すまでには雪の路地裏を小一時間も走り回らなくてはならず、決着がついたときには、そば杖を食った幼子が息絶えて井戸のところにころがっていた。あの晩のことを私は決して忘れない。
(2・6・火)

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