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『千日の瑠璃』489日目——私はめまいだ。(丸山健二小説連載)

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私はめまいだ。

堅氷に閉ざされたうたかた湖をスケートで渡ろうとしている若者の不意を突く、めまいだ。帰郷しても頼るべき知音のない彼は、極端に脂肪の少ない体を独楽のように、この星のようにぐるぐる回転させ、不慮の最期を遂げる者を、あるいは陋巷に一生を終える者を、あるいはまた放蕩の限りを尽くす者を、模倣者のそれではない舞踊で表現する。

そして、ほぼ限界に達した回転のなかから突如として飛び出した私は、素早く彼の胸のうちを覗きこむ。しかしそこには何もなく、虚無の影すら見つからず、ひたすら物寂しく、ただただがらんとしているばかりだ。閑散としている彼の心の部屋に吹きこむ風は、進退両難を訴えているのかもしれないが、彼は聞く耳を持たない。八方塞がりの彼は、己れへの心遣いがあまりにも不足している。

ついで私は、不養生が元でいつ頓死してもおかしくない、痩せさらばえたこの若者の肉体を隅々まで駆け巡る。彼は私に気がついたものの、なぜか私を歓迎し、喀血して倒れる自分の姿を一瞬想い浮かべてうっとりと眼を細める。途端に俊敏な若者がのろまな年寄りに変り、遂にはばったりと倒れ、新生児のように這いつくばう。ところが実際には、彼の体調に何ら変化はなく、わざとらしい態度が鼻につくばかりだ。はるか遠くを行く、死に至る病を背負った少年、彼が吹く痛言の口笛を聞くなり、若者はがばっと起きあがる。
(2・1・木)

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