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国指定重要無形民俗文化財「板橋の田遊び」を見てきたよ

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 徳丸稲荷神社は995年(長徳元年)、京都の北野天満宮から分霊した天満宮が始まり。主祭神は勿論菅原道真公である。その創建時に奉祝行事として「田阿曽美之祭」を行ったのが、当地に於ける「田遊び」の起源だという。毎年2月11日(旧暦正月11日)に行われている。「田遊び」という名前の通りに、一年間の稲作の様子を歌や所作で模倣し演じるもので、五穀豊穣を願うものであると同時に子孫繁栄も願っている。子孫繁栄については後述。

 夕方5時頃行くと、拝殿で祭典、境内ではどんど焼きが行われていた。午前中は「もがり」という舞台の設営や餅つきだったとのこと。

 6時過ぎ、「もがり」の台の上に法被姿の男達が集結。「よう、よなんぞうどの、よう、町々をかぞえ候、かぞえ候」と朗詠が始まり、ニワトコに餅をつけて作った擬似鍬を振るったり、牛の面をつけた男が四つん這いで田慣らしをしたり、種蒔きをしたりします。「およまーこう、およまーこうよ、福のたねをまーこうよ」などと、にこやかに男たちが歌います。

 少年を「たかいたかい」するが、どうやらこれが田植えの模擬行為らしい。稲の生育と子供の成長を祈願しているそうだ。この間、「善光寺の如来のソロノキの……」と歌われたのだが、善光寺信仰の圧倒的な広がりが垣間見えて面白い。

 その後、参道をサイケデリック色のユーモラスな人形「よねぼう」(上の写真)が運ばれてくる。この「よねぼう」、両足の間に巨大な男根が設えられている奇妙なものだが、この男根に触れると子宝に恵まれるという言い伝えがあり、若い女性を中心に多くの人が撫で擦っていた。

 それに、仮面を付けた「太郎次」「安女」の夫婦が続く(上の写真)。「安女」は妊婦であり、この腹を擦っても子宝・安産の御利益があるようだ。「太郎次」と「安女」は、抱き合ったり、腰を振ったり、乳を揉んだりする。これに獅子舞と「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」と絶叫しながら破魔矢を持つ男が追随する。

 草取り、田廻り、稲刈りを模した所作の後、道具一式を太鼓の上に積み上げて豊作を言祝ぐ。最後は手締めを行って終了である。

 さて、「よねぼう」の異様な造形や、あからさまに性行為を想起させる部分があるなど、みうらじゅん先生の言う「とんまつり」に近い面もあるが、やはり日本人の米にかける熱い情熱をこそ素直に見るべきだろう。それに、平穏に子作りができるようにという、まぐわいにかける熱い情熱をもやはり受け取りたい。この辺りは、今はほぼ住宅街になっているが、かつては広大な水田地帯だったという話である。なお、露店の類は一切なく、物足りない向きもあるかもしれないが、見方を変えれば俗に流れず厳粛さを重く見ているということであろう。

 一年とて休むことなく1018年間続けられてきた予祝の祭り。こういった伝統祭は、ガガリアン各位の地元にも必ずあろう。そういったものの意義や価値に改めて触れて欲しいと切に願う次第である。なお、明後日(13日)には同じく板橋区の赤塚諏訪神社でも「田遊び」が行われるので、興味がある方は足を運ばれたい。

 徳丸北野神社の神職の皆様、田遊び保存会の皆様、お疲れ様でした。

(文責・岸本元。なお板橋区教育委員会生涯学習課文化財係の作成したパンフレットを大きく利用させていただいた。感謝申し上げる)

付記 折口信夫が小論「田遊び祭りの概念」を発表しているので、興味がある方は一読されたい。今は便利なことに青空文庫にもなっている。「よねぼう」についてや、念仏信仰との関係も指摘されている。
※この記事はGAGAZINEさんよりご寄稿いただいたものです

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