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『千日の瑠璃』470日目——私は意思表示だ。(丸山健二小説連載)

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私は意思表示だ。

うたかた湖畔の別荘に住む元大学教授が、憤然として席を立ち、卒然として退場することで知らしめる、反対の意思表示だ。世間が考えるほど博識でも能弁でもない彼は、学生を前にするときのようにはうまく喋ることができなかった。理屈よりも欲望を優先させる手強いまほろ町の住民を相手に、彼は言いたいことの半分も言えず、しどろもどろになり、しまいには同席した味方からも野次が飛ぶ始末だった。激烈な論争どころではなかった。

彼はまほろ町流の話の進め方とまとめ方をまったく知らなかった。説明会に入る前に大半の者たちが口を合せることに決まっていて、すでに答はひとつに絞られていたのだ。しかも、口うるさい少数派をどうやって黙らせるかについても入念に準備が調えられていた。つまり、わたしがほんの二言三言発しただけで、そんなところにゴルフ場を造れば下の別荘地やうたかた湖がどうなってしまうかについて軽く触れただけで、「よそ者は引っこめ!」の嵐が湧き起こった。要するにそれは説明会などではなく、賛成派であり、推進派である一派の最初の集会だったのだ。司会役の鬘をつけた役場の職員は、「さあ、挙手をお願いします」と言って畳みかけた。青ざめた顔で外へ飛び出した元大学教授のあとを、胸に青いバッジをつけた若者が追いかけて行き、駐車場の手前で声をかけた。若者は言った。「誰がどう言おうとぼくは先生の味方ですよ」
(1・13・土)

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