『千日の瑠璃』449日目——私は毛皮だ。(丸山健二小説連載)

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私は毛皮だ。

悪よりも黒い高級乗用車と共に忽然と現われ、雪のまほろ町を睥睨する、飛び切り上等の毛皮だ。私を粋に羽織ったやくざの情婦が現われると、大通りにいた住民の視線が一斉に浴びせ掛けられる。ここでの私はあまりにも豪奢で、あまりにも非日常的で、あまりにも浮いた存在なのだ。そこに細面の女の誤算があった。私のせいで彼女の影が薄くなってしまっている。もっとも、彼女自身はまだそのことに気づいていない。おそらく死んでも気がつくまい。彼女の立場はともかくとして、彼女そのものはどこにでもいる、ありふれた女にすぎないのだ。

こんな町でちまちまと生きている連中にとっては、私のほかにも見るべき価値があるものはまだある。私をここまで運んできたクルマにしても、田舎者が一生のうちに一度拝めるかどうかの代物だし、また、それを運転し女の召使いのようにして振る舞いながらもなぜか少しも男を下げていない極道者にしても、大した見物になっているはずだ。

私は三階建ての黒いビルの前に立つ。監視用のテレビカメラの動きが停まって、長身の青年が現われる。彼は女と私を無視し、かれらの組織の一極集中化をめざして各支部に抗争のための資金を配り歩く幹部の労をねぎらう。そのとき、青尽くめの、気味のわるい少年が飛び出してきたかと思うと、いきなり私に抱きつき、「熊だ、熊だあ」などとわけのわからないことをさかんに口走る。私は貂だ。
(12・23・土)

丸山健二×ガジェット通信

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